僕たちはその場に留まり、三人を見送った。それまで気づかなかったけど、警官は片方の脚をすこし引きずるようにしていた。その横を歩きながら井田隆徳は小声でこう訊いていた。
「アレは異常なんですかね。さっきの態度なんかをみてると、そうも思えますが。まさか、心神耗弱とかで罪にならないってことは」
「異常と言えなくもないでしょう」
警官はパトカーの逆側へ向かいながらこたえていた。
「しかしですな、私どもからすれば犯罪者はすべて異常なんです。どんな犯罪であってもです。異常の程度によって罰から免れるなんてことはあってはならんのですよ。――ま、これは私どもの決めることじゃないですがね。それでも私見ってやつを述べさせてもらえるなら、なに、あいつは正常ですよ。すくなくとも自分は正常だと言い張るでしょうな」
井田隆徳はパトカーに乗りこんだ。フロントライトがつき、風に揺れるハーブ園の植物を照らした。
「自分を正常と思ってる少数の変人が、こうやって人を傷つけていくのよ」
真昼ちゃんはそう言いながら、ドアを閉めた。その声は僕たちの方まで聞こえてきた。
「自分を正常と思ってる少数の変人、か」
父さんは静かな声でそう呟いた。僕はその顔を見あげた。パトカーが出るときには幾つかフラッシュが焚かれた。
部屋へさがって時計を見ると、もう一時を過ぎていた。僕はシャワーを浴びつつ、その日に起こったことを頭の中で整理していった。様々な人間から発せられた言葉を思い出し、そこに自分なりの意味をあたえようとした。しかし、それはうまくいかなかった。
父さんも同じ時間に似たようなことをしていた。そのノートには真昼ちゃんの言葉――「自分を正常と思ってる少数の変人が、こうやって人を傷つけていくのよ」がそのまま書かれ、その後にこうつづいていた
『しかし、それは間違ってる。そういう変人はけっして少数なんかじゃない。自らをまったくの標準的人間とするというのは、多くの人間が犯しやすい誤りなんだ。そして、そういう人間は自分と違ったところのある者を見つけ出しては異端審問のようなことを繰り返す。自分を正常と規定するためならどんなことだってする。吊しあげた相手が視界から消え去るまで、執拗に、それを繰り返すんだ』
きっと、父さんはそれまでに(そして、それからも)自分たちを傷つけてきた人間について書いたのだろう。父さんにとってこの世界は『自らをまったくの標準的人間』としてる者たちの集まりだった。彼らは『自分を正常と規定するため』の判断基準を持っている。
しかし、それは誰かに示唆されたり、雰囲気に引っ張られたりして出来たものに過ぎないのだ。それでも彼らはその基準に従って異端者を選別する。それは自らを多数派にするために行われる。異端者をつくりあげることで自らを正常と見做したいからだ。
真に独自のものを持っている人間(父さんは自らをそう考えていた)は、紛い物の基準で生きてる彼らにとって鼻持ちならないか恐怖の対象となる。だから、異端者にされるのだ。そして『視界から消え去るまで、執拗に』傷つけられる。
しかし、それは同時に父さんの仕事でもあった。
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《ちょこっとホラーで、あとはアホっぽい小説です。
どうぞ(いえ、どうか)お読みください》