「ま、それはどうでもいいけど、練習時間が減るのは良くないよな。あれって真昼ちゃんが言いだしたことなんだろ? お前からなんか言ってくれよ。生徒たちの不満が爆発寸前になってるってさ」
全員が僕を見た。それまで発言してなかったのもあるのだろう、お前もなんか言えよ――という圧力を感じる視線だった。
「いや、無理だね。誰も真昼ちゃんの鉄の意志を打ち砕くことはできない」
「ま、だろうな」
全員が目をそらした。それはそれでなにか言わなければならない感じだった。そこで僕は普段から思っていたことを口にした。それは、上杉に関することだった。
上杉は女子バレーボール部の顧問で、所属してる加奈子によると、部内でも相当の人気を誇ってるとのことだった。「指導は厳しいけど、部員ひとりひとりにきちんと親切に向きあってくれてる」らしく、実際にも女子バレーボール部は彼が顧問になってから強くなった。数学教員としても丁寧に教えるというので評判が良かった。
ただ、僕はそもそも数学が嫌いだったし、彼のその丁寧さも信用してなかった。
もしほんとうに親切かつ丁寧なのであれば、清掃活動もきちんとやるはずだ――と思っていたのだ。数学が嫌いなのもすこしつけ足して、僕は上杉にたいする疑義を言った。どちらかというと市川さんの方が好ましいというのも含めてだ。しかし、これは受け入れてもらえなかった。
「あんたはそうやってちょっとでも気に入らないと、その人のいい部分を見ようとしないのよ」
温佳がそう言ったのを僕と淳平は目を丸くして聞いていた。「お前が言うなよ」と淳平も思っていたはずだ。
「上杉先生はともかく、市川先生はどうかなぁって思うけど」
これは加奈子だ。なにも言わなかったけど絵美も同調してるようだった。
「だって、市川先生って、いつもひとりでいるでしょ? なんか職員室に居場所がないんだって。ちょっとかわいそうだけど、ま、あれじゃしょうがないかもね」
三人はほぼ同時に「ふふふ」と笑った。その「ふふふ」には僕や淳平にはわからない重要な意味があるようだった。このときばかりでなく、彼女たちの「ふふふ」にはあらゆる意味が含まれていて解読不可能なのだ。
「とにかく、あんたはもうちょっと心を寛く持たなきゃ駄目よ」
温佳は決めつけるように言った。これには僕と温佳以外の全員が笑った。
「お前、ほんとに兄貴なのか? どっちかっていうと温佳ちゃんの方が年上に思えるぞ」
僕は顔を歪ませた。言ったことが理解されなかったときに父さんがする、あの表情をしていたのだと思う。
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《詩のようなものと幾つかの短文集です。
画像があるので重たいとは思いますが、
どうぞ(いえ、どうか)お読みください》