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今となってはこれも解決済みの問題となった。
まあ、三十年近く経ってるのだし、いつまでも引きずるようなものでないのだからそれも当然だろう。ただ、やはり「チョコレート」という言葉は僕たちにとって特別な意味を持つようになった。
たとえば、温佳が東京やその近郊でライブをすると、淳平夫婦は豪華な花束を携えてやってくるのだけど、その後で食事に行くことも多い。そういうときにはできる限りチョコレート関連のメニューがなさそうなところへ行く必要があった。
それでも、完全にシャットアウトするのは難しかった。
中華料理屋でも日本料理屋でもデザートにチョコレートを使うところは少なくないのだ。ついこの間も僕は気を利かせたつもりで美味しいふぐちりを食べさせるという店を予約しておいた。チョコレート絡みのメニューがないのを調べた上でだ。ただ、グランドメニューに載せてないものは行ってみるまでわからないのだ。
実際にも、温佳は席に通されるなり差し挟みのメニューを取り出し、このように言った。
「あたし、ちょっと疲れちゃったみたい。今日はどうしたって甘いもの食べるわよ。そうね、この栗のムース・チョコレートソース添えなんてどうかしら? 淳平くん、あなた、どう思う?」
温佳はチョコレートのところだけいやにはっきり強調させるのだ。僕と淳平は顔を見あわせ暗澹たる面持ちをすることになった。僕たちにとってその言葉がどのような意味を持つか知らない淳平の奥さんは毎回こういうやりとりがつづくのを見て、温佳を無類のチョコレート好きと思ってるようだった。
「それ美味しそうね。私も食べてみようかしら。いいわよね?」
そのように淳平の奥さんは言った。彼女はほぼすべてを夫への問いかけというかたちで話す。自分で決めるべきことでもまずはそう訊いて、「うん、いいんじゃない」という返事を待ってから決めるのだ。しかし、淳平はしばらく同意をしなかった。温佳はそういう二人をじっと見つめ、
「ねえ、あなたも淳平くんから特別なチョコレートをもらったの?」と言った。
「それで結婚したってなら、ほんと笑えるんだけど」
淳平は顔を真っ赤にし、奥さんは不思議そうな表情でその場にいた全員を眺めまわした。僕は天井を仰いでいた。すました顔で温佳はこうつけ足した。
「だって、ある種のチョコレートは媚薬になるっていうじゃない」
温佳はバレンタインデーにチョコレートを送るようにもしている。
悪趣味といえばそうなのだけど、温佳にとっては面白い悪戯なのだろう。一月の末辺りから真剣に選びはじめ、候補を絞り込むと僕をも巻きこんで最終的なものを決める。
「これがあのときのチョコレートに一番似てるって思うけど、どう?」
たぶん、温佳にも母さんから受け継いだ執念深さがあるのだろう。それと、血の繋がりこそないにせよFishBowlの面々が持っていた実に閉鎖的なユニークさも受け継いでいるのだ。
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《恋に不器用な髙橋慎二(42歳)の物語です。
どうぞ(いえ、どうか)お読みください》