温佳の言っていたパーティーは加奈子や絵美の両親も招待した大規模なものだった。
彼らを呼んだのには理由があった。真昼ちゃんは表向きの理由として父さんとシゲおじさんが漫才コンビを組んだ祝賀会としていたけど、また別の企図も持っていたのだ。
それは《温佳の活動》について聴きだしたいというのと、可能であればその両親たちと意見交換したいというものだった。
ただ、FishBowlでは思惑通りにことが運ばないのが常だった。乾杯をしてほどなく田中和宏は加奈子の父親に弁護士業務の細部にわたる質問をし、それがひと段落つくと絵美の両親から開業医の日常生活(何時に起き、どのような準備をし、昼食にはなにを食べるのか)を訊きはじめた。彼らの娘たちはひそひそと話し、たまに「ふふふ」と笑っていた。真昼ちゃんのつけいる隙なんてまったくなかった。
一時間もすると、真昼ちゃんは当初抱いていた企図を投げ捨てたようだった。胸に手をあてもせず、ガラスの壁を震わせるような大声で笑いながら「あんたたち、ちゃんと食べてる?」と言ってまわりだした。それによって――ところどころ不穏な部分はあったものの――FishBowl的で、賑(にぎ)やかな、親しみやすい雰囲気が深まった。
当初からなんの企図も持ち合わせてなかった母さんは女優的大仰さを端々に滲ませながらも「自分はけっして雲の上の存在などではなく、現実にあなたたちの目の前にいるんですよ」といった微笑みを振りまいていた。父さんはシゲおじさんと漫才について話していた。芸人であることに集中していた父さんは完全に立ちなおったかにみえたことだろう――すくなくともごくたまにしか会わない人たちからすれば、テレビに出てるヒール/ソール草介そのものにみえたはずだ。
「そういや、そろそろ印税が入ったんじゃないか? あの写真集でかなり儲かったんだろ? 俺たちがここに越してきたときからすりゃ、考えられないくらいの出世だ。もう誰も君を『若いツバメ』なんて言えなくなっちまったもんな」
そう言われたときは頬を引きつらせていたものの、吉澤マサヒロはカメラを構えなおし、それをやり過ごした。カメラマンという半分部外者になることで存在感を薄くしようとしたのだろう。
井田隆徳は大量の料理を次から次へと出してきた。彼はだいたいにおいて陽性な顔つきを保っていた。ただ、料理を確認するときは完全な無表情になった。ほとんどの者は気づかなかっただろうけど、僕はそういった顔で料理を眺め、そのまま騒いでる者たちへ視線を動かすのを見ていた。
あるいは、それは彼の言ったことを意識しすぎていたから、そう見えただけなのかもしれない。
「登場人物は人間であり、また人間でなければならない」と彼は言っていた。その言葉は、裏返せば「人間ならざるものを人間らしく描かなければならない」というのと一緒だ。彼がこのときしていた目つきは、その「人間ならざるもの」を見つめるときのもの――強い感情を持たず、置いてある物体をそのまま見ようとしてるもの――だった。
いや、この考えの半分ほどは最近になって思ったことだ。このときにはそこまで思い至らなかった。しかし、彼はそういった目つきで僕たちを眺め、軽く首を振ると、いつもの陽性な顔つきに戻した。
喧噪から抜け出た僕はキッチンへ向かった。冷たい水を飲み、グラスにもう一杯満たそうとしてると、温佳がやって来た。
「ちょっといい?」
その顔は上気していた。僕は蛇口を戻しながら「なんだよ」と言った。温佳はグラスを奪い、一息に飲み干した。
「この前言ったでしょ。話があるの。大切な話よ」
温佳は食堂の方を窺うようにした。キッチンの明かりは白々しくすべてを照らしていた。
「長い話か?」
「あんた次第だけど、そうなるんじゃない? とにかく、象のベンチで待ってて。あたしもすぐ行くから。わかった?」
「ああ」
グラスを置くと、温佳はわざとらしく溜息をついた。
「ね、あんたっていつも『ああ、ああ』って言うけど、今日はそれ無しにして。興味持ってないように思われちゃうかもしれないから」
開きかけた口を閉じ(「ああ」と言いかけていたのだ)、僕は細かくうなずいてみせた。温佳は疑わしそうに見ていたけど、「まあいいわ」といった表情をつくって去っていった。
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