麻理の練習用ブログ

いつでも本音。
私の愛しい、小さな窓

業火

2018-02-09 22:45:15 | 幻想

学校帰り。私は校舎の入口の屋根の下を通り、外へ出た。
夜間学校の帰りだから、もう辺りは真っ暗で、頭上には冬の寒い、澄んだ星空だった。
自転車通学の私が次へ向かう場所。白い息を吐きながら、右側前方のあまり使われていない駐輪場へ目を向けた。

私の自転車が燃えていた。

周囲の草木は関係なく、ただ私の自転車だけが、轟々と熱い炎をまとっていた。炎の色は、明るいとも、暖かいとも言えない。どこか、禍々しい色だと思った。
私の右手には、スーパーの袋の中に買ってきたばかりの新鮮な卵10個入り1パックが入っていた。自転車を普段使われる主婦の方ならお分かりだろうか。自転車と卵は相性があまりよくない。私は卵を買った日はいつも段差のすごい揺れにビクビクしながら自転車を運転している。
これから、まるでサーカスでも始まるのか。そんな思いが一瞬よぎって、すぐに消えた。私に感情などなかった。
ただ、目の前の義務を遂行することにしか興味がなかった。そう、私はこの自転車に乗らなければ家に帰れない。他の移動手段はありえなくて、しかも右手の卵も抱えて、揺れに気をつけて割らないようにしながら持って帰らなければならない。
私の耳には、自転車から聞こえる炎の轟轟という音しか聞こえなかった。一歩、自転車に近づいた。これだけの距離があるのに、なぜだか空気が暖かい。また一歩。背中には冷たい2月の冷気、顔には禍々しい炎の熱気。また一歩。コートのはしから露出する手も顔も、その熱の痛みを噛み締めて。受けるべき痛みなのだと。また一歩。もはや何の感情もなく。耐えるというわけでもなく。私は確実に歩を進めていた。それでも本能は、あなたが止まらぬというのなら最大限の措置は取る、と言わんばかりに、ある程度熱気になじんでから先へ進もうとするかのようにひとつずつ踏みしめてまた一歩、まばたきの時間が長くなる最後の抵抗。それでもまだ、一歩、ゆっくりと近づく。私はこの自転車に、乗らなければならない。乗らなければ、私が向かうべき場所へ行くことができない。ほかの道はない。ただそこへ。一歩。もはや顔も手も痛みが最高潮だった、もうやばいと警告を発する本能を無視して一歩、私の左腕が、自転車のハンドルへ、手を伸ばして、消えた。


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