週刊今川氏真詠草&おんな城主直虎の不都合な真実 Vol.17 3月16日号
(2020/03/09-03/16)


氏真さんがこよなく愛した桜も開花し始めた三月、今宵も『おんな城主直虎』第十六回「綿毛の案」のお話をば。


今回のタイトルは、『赤毛のアン』が元ネタですね。


『おんな城主直虎』は各回のサブタイトルがパロディーになっているというユニークな試みが評判になりました。


NHKからもらった直虎の年表が他の有名人に比べてスカスカなのを見て、


「どないするねん!」


と思った脚本の森下さん、


「やりたいようにやらせてもらう」


と大胆宣言した成果の一つが、このサブタイトルのようです。


しかし、これは単なる森下さんの「おちゃめ」ではなく、きっかけは、『直虎』の中で重要な回について考えていて、自然と思い浮かんだんじゃないか、とサガラは考えています。


重要な回とは、神回「嫌われ政次の一生」と、最終回「石を継ぐもの」です。


どちらも、森下さんが全力で取り組んだと思われ、タイトルも内容をよく伝える絶妙なものでした。


「嫌われ政次の一生」


を見終えた時は、驚愕と後の深い感動と共に、タイトルを思い出して、


「正に!」


と思ったものでした。


という訳で、それがしは、森下さんがこういう重要エピソードでパロディータイトルを思いつき、それを他の回でもやって見たのではないか、と想像しています。


さて、「綿毛のアン」のお話に入ります。駿府から生還した直虎の所に瀬戸方久がやってきます。前回直虎から「銭の力」を貸してくれ、と頼まれてあっさりかわしていた方久ですが、悪びれる様子もなく、木綿の材料となる綿花栽培を提案します。


これを聞いた直虎、前回の薄情な仕打ちは忘れたかのように、方久を「銭の犬」と持ち上げつつ、即採用。ちょっとコミカルなシーンでした。


こういう直虎のカラッとした性格設定が、史料だけ読めば悲劇続きの直虎の生涯を大河ドラマとして成り立たせたと思います。


一方で、この頃のそれがしは、直虎を猪突猛進キャラに設定して、無茶な「赤マフラー」をやらせるんじゃないか、と警戒もしていました。


さて、直虎は早速瀬戸村に出向いて長老の甚兵衛に綿花栽培を提案しますが、甚兵衛は「人手が足りない」と難色を示します。荒廃した村の再建途中で、余裕がないようです。


直虎はあきらめかけますが、「戦ならば人手を借りる」という中野直之の言葉を聞いて、井伊谷三人衆に頼みますが、最初に訪れた鈴木重時始め、どこからも人手不足と断られます。


奥山六左衛門からは、政次に頼んでは、と遠慮がちに提案されますが、直虎は、政次だけは嫌じゃ、と強情を張ります。


この間政次は直親正室しのを訪ねて、直虎を虎松の後見から下ろせなかった事をわびますが、このブログをご覧の皆さんは、多分それがしの意見をご存じですね。


虎松=井伊直政は、本来の井伊家継承者ではなく、家康の遠江侵攻で井伊谷が井伊谷三人衆に横領された後、最後の井伊家継承者として擁立されたと思われます。


井伊谷徳政を実施した「次郎直虎」が男性で関口氏経の息子としても、女性の直盛娘佑圓尼としても、この頃虎松は浜松周辺の浄土寺から三河鳳来寺に移り、井伊谷との縁は切れていたようです。また、直親正室で実母宗徳が再婚すると、嫁ぎ先の松下姓を名乗っている事からも、井伊家一門として認知されていなかったと思われます。


ですから直政は、井伊家傍流に留まった父直親が謀反で誅殺された後、日陰の人生を送っていた所、家康の遠江侵攻で井伊家が滅亡の危機に瀕した時、土壇場の逆転劇の最後の切り札として登場したわけです。


『直虎』ストーリーに戻ります。植えさせた綿花の芽が出ないという知らせを聞いて、直虎が瀬戸村に駆けつけます。直虎は落胆する農民たちたちを励まし、他の村の土なら芽が生えるかも知れないと、直之と共に井伊谷中の村を歩き回りますが、どこも人手不足です。


休憩途中で直虎が水筒に水を行くと、水場には赤フン一丁の男が水浴び中。


龍雲丸、初登場です。


珍奇な格好の直虎をからかってやろうとした龍雲丸、半裸姿を見せつけて直虎を驚かせようとしますが、直虎は動じない。たくましいヒロインです笑。直虎は、水をくんでくれるという龍雲丸に自分の水筒を手渡します。


龍雲丸が旅の者だと聞いた直虎、人手が余っている村はないか、と聞きます。龍雲丸の返事は、


「人など買やぁいいじゃねぇですか」


直虎は驚きますが、龍雲丸から人が売られている事があると聞いて、


「よいことを聞いた!」


と言って走り去ります。龍雲丸の手には、直虎の水筒が残りました。再会につながるアイテムですね。


この時代に行われていた人身売買を取り上げた事、ヒロイン直虎を今の価値観で人身売買を否定する「未来人」の偽善者に仕立て上げなかった事は、歴史ファンから好意的評価を得たようです。


さて、ストーリーに戻りますと、再び瀬戸村に立ち寄った直虎、無事に綿の芽が出ている事を知って、方久と一緒に大喜びです。


「銭の匂いが」という方久に、「かぐわしぃのぉ~」と応じるほくほく顔の直虎(^^)。


時代劇では正義の主人公は無欲で、お金の話は悪代官が「お主も悪よのう」とやるパターンが多かったように思いますが、世知辛いご時世を反映しているのか、ヒロイン直虎も、「銭の匂い」を喜んでいます。台詞が

 

「お主も悪よのう」

 

に似ているのは、意識してそうしたんでしょうか。


直虎の留守中に政次が屋敷にやってきて、直虎はどうしているか尋ねます。


最初にあった直之は、政次は物見遊山に出かけているとごまかして事なきを得ましたが、政次は蜂前神社の禰宜から綿花栽培の話を聞いて、再度屋敷を訪れます。


屋敷にいた六左衛門も物見遊山と答えますが、怪しむ政次に汗をにじませる。


政次は、六左衛門がふき掃除に使っていた雑巾で汗を拭ってやりつつ、居場所を尋ねます。


政次が小首をかしげるシーンや、六左衛門の額をふくシーンは、話題になって、「虎絵」も結構出ましたね(^^)


直虎は直之、方久と方久の茶屋で人売りの噂話はないかと聞き耳を立てていますが、いい情報はありません。


そこに背後から政次登場。人手を貸す話は領主にはうまみはないが、噂を流せば困っている農民は井伊谷に逃げてくるのでは、と鮮やかに指摘して立ち去ります。


直虎は反発しますが、直之は名案と感心して、方久と井伊谷の噂話を始めます。


それがしは、人が変わったように生き生きと噂話を始める直之に意表を突かれました。方久はお代をただにするので、話を広めてくれるよう茶屋のお客に頼みます。


それから三人は、街道に出て、歌うように井伊谷の噂話を広めて回りました。


もちろんこれも創作で、好き嫌いが分かれたと思いますが新鮮でしたね。


屋敷に戻った直虎は倒れてしまいますが、昊天によると、遊び過ぎたこどもが死んだように眠り込むようなものとの事でした。しかし、元気なようでも無双ではない主人公の弱さを暗示しているように思えました。


目を覚ました直虎は、井伊谷に民が集まっている事を知りますが、釈然としない様子で龍潭寺の井戸で物思いにふけります。


やって来た南渓和尚に、人を呼び込んだのは政次だと答える直虎。南渓和尚は、政次の知恵を借りてはどうか、と助言します。


その後直虎の許可を得た六左衛門が政次に会って人が集まった事を伝えようとしますが、政次は不在。


政次は駿府で寿桂尼が倒れたと聞きます。

 

以上が今回のあらすじです。


今回の目玉はやはり龍雲丸登場ですが、それがしは、この架空キャラこそが『おんな城主直虎』最大の不安要因と思っていましたので、警戒して見ていました。


前にも書きましたが、一次史料が十通の文書しかなく、活躍したという逸話もほぼ皆無の人物を全五十回の大河ドラマの主人公に据えたのは、諸葛孔明が五百の兵しかいない小城で司馬仲達十万の大軍の来襲を受けるくらいに、絶望的状況だと思います。大部分の大河ドラマの主人公には豊富な逸話があり、創作物も多くて、大部分は既存のストーリーの再解釈でいけますが、直虎はそういう余地が極めて少ない。

 

ですから、森下さんは数多くの創作をせねばならず、架空キャラにも頼らざるを得ない。しかし、それにも限度がある。


ちなみに、直虎が綿花栽培に乗り出したという史料もなく、今回のエピソードも、森下脚本の創作です。


山岡荘八の『徳川家康』では家康の母於大の方が綿織物を普及させた、という話を書いているので、参考にしたかもしれません。

 

龍雲丸は史実にはない直虎の物語をふくらませるために必要でしたが、キャスト発表時点では、かぶいた格好の「盗賊団の首領」と紹介されてましたから、うさん臭さ満点でした。


しかし振り返って見ると、龍雲丸関連のエピソードは、本能寺の変での堺行きなどかなり苦しい「歴史離れ」はありましたが、直虎を主人公とした大河ドラマを成り立たせる上ではこれ以上は難しいと思います。


龍雲丸はおそらく新田友作をベースにしていて、それを竜宮小僧になろうとした直虎にとっての竜宮小僧的存在として、森下さんが意図的にファンタジー的色彩の濃いキャラにしたと思います。これはまた後の龍雲丸登場回でも触れたいと思います。


架空キャラゆえの大胆な創作は、時には苦しい部分もありましたが、史実準拠で蓋然性の高い解釈を採用していては見えない可能性も見せてくれました。


『おんな城主直虎』は、歴史の再現性は必ずしも高くなかったですが、「歴史離れ」によって歴史の真相についての想像力を刺激する良質のファンタジー大河ドラマでした。


『おんな城主直虎』のお話、今宵はここまでにいたしとうございます。

 

 

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三月中旬は「今川氏真御出仕」ウィーク(^^)

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いつもはここから過去ツイート再掲ですが、旧暦の今週は氏真上洛と信長への「出仕」があったので、それについてもちょっと触れます。


天正三年(1575)正月十三日に浜松を出た氏真さんご一行、かなりの強行軍で正月下旬には上洛しましたが、初上洛とてものすごい勢いで大観光にいそしみました(^^)


今後修正する必要がありますが、ブログリンクにそれがし作成の氏真さん上洛経路のグーグルマップがありますので見てください。二日に一度以上のペースで遠出してます。


これは拙著『マロの戦国』や『評伝今川氏真』に書いた通り(^^)


そして三月ごろになると、外出のペースが落ちて、『信長公記』によると、三月十六日に信長に「御出仕」。二十日に相国寺で有名な蹴鞠。


昔の俗説では氏真が卑屈に信長にへつらったように言われてますが、実際はそうではなく、氏真はその時の真情を歌に詠んでいますので、今後のツイートでご紹介しましょう。拙著『マロの戦国』や『評伝今川氏真』読者の皆さんはおさらいしましょう(^^)


ということで、今川氏真パートはここまで。以下は過去ツイート再掲です。

 

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今日も氏真さんの一首を。

 

 あたり立まはれは終夜人の絶間なし
ことはりの花のなかめに暮はてゝ思へは月の都成けり(1―223)

 

天正三年(1575)三月十六日信長に出仕。「花の眺め」時流に乗って信長に会うことを指すようだ。
#今川氏真
#今川復権
#評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ

 

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今日も氏真さんの一首を。

 

 月のもとにて
いかなれば心の空に晴ぬらん都といへはおほろ月よの(1ー221)


天正三年(1575)三月十五日、信長への出仕前夜?氏真の心は澄んだ月に引きつけられたようだ。
#今川氏真
#今川復権
#評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ


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今日も氏真さんの一首を。

 

 いつこともしらさる梢を昔の雲林院の辺と云
今とても雲の林のよそめには何かあれ行花のおも影(1―220)

 

天正三年(1575)三月中旬、信長への出仕直前か。僧正遍照ゆかりの雲林院も廃墟と化していたようだ。
#今川氏真
#今川復権
#評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ

 

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今日も氏真さんの一首を。

 

 伏見醍醐此あてと云共霞わたりてみえす
木綿山花に霞の関守も匂ひはゆるせ春の山かせ(1‐206)

 

天正三年(1575)三月上旬。姿は見せずともせめて香りは許してほしい、と「霞の関守」に願って見せた。
#今川氏真
#今川復権
#評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ

 

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昨日は寝落ちして、#氏真詠草 紹介スキップしちゃいました。(^^ゞ
今細々とやってますが、5~6年で活字化されている全詠草を全部ツイートして、「氏真詠草全解読」みたいなごん太の本にして、詠草研究を次世代につなげたいです(^^)
#今川復権
#評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ


今日も氏真さんの一首を。

 

さかりなるいくらの花のちりぬらんなるとしもなきみは残る世に(6―681)

 

慶長十三年(1608)?老残の身を恥じつつ、若くして失われた数多くの命を惜しんだ。前年死去した嫡男範以もその一人だろう。
#今川氏真
#今川復権
#評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ


これ、面白そうです(^^)
戦国足軽のリアルを書いてるようで、オタク心をそそりますね。
それがしも、今川氏真詠草解読を通じて、日単位で氏真さんのリアルな動向や心境を追っかけてるので(^^)

 

 

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今日も氏真さんの一首を。

 

 吉田宮中零落諸社名計也
石上ふるきにかへる人もあらむもとの誓を神し守らは(1―205)

 

天正三年(1575)三月初め?上洛する信長を出迎えに吉田まで来た?
#今川氏真
#今川復権
#評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ

 

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今日も氏真さんの一首を。

 

 松残雪
一入に春はとみゆる枩かえや残れる雪のけしき成らん(2ー6)

 

天正五年(1577)?春、現代よりも寒かったようだ。
#今川復権
#今川氏真
#評伝今川氏真みな月のみしかき影をうらむなよ


週刊今川氏真詠草&おんな城主直虎の不都合な真実 Vol.17 3月16日号
(2020/03/09-03/16)