保育所落ちたが死ねとも思えない
先日、市役所からから保育所入所の不承諾通知が届き、正式にkikuoの退職が決定した。
2016年6月10日にシュウが生まれ、二ヶ月半の入院生活を経て自宅に戻る時期、つまり、なんとなくだがこの子の生きていく見通しがたった時期にはもう既にこうなる結果は分かっていたため、入所申し込みをしたのは早慶東大の記念受験みたいなもので、不承諾通知がきたところでなんら感情の機微はなかった。通知書の裏に夢を書いて、紙ヒコーキ作って明日に投げれば少しは感傷に浸れるかなとも思ったが、個人情報がダダ漏れる方が恐ろしいのでシュレッダーに納めた。空はちょうど良い曇天で、投げた紙ヒコーキがくもり空割って虹を架けるには絶好のタイミングだったのだが。
ソーシャルワーカーとして働いている手前、保育所の現場、入所決定を出す事務方など、実際に受け入れる側の話を聞く機会が多くある。kikuoが主催していた医療的ケア連絡協議会の勉強会に元保育所長であり現事務方の人が、お話にきてくださったこともあったし、入所希望先の保育所の看護師さんは、別件でよくお世話になった方だった。
重度の脳性麻痺がある、なしに関わらずだが、保育所入所決定にかかる行政側のプロセスを知り、制度を知り、現場で働く皆様をよく知ると、感じるのは、問題なのはシステムだということだった。
何年か前に「保育所落ちた死ね」というワードを発端に、保育所入所できなかった親の不満がたくさん報道されていたが、ニュースの表面だけ見てしまうと、的外れな批判に繋がってしまうことが多い。本件ではそれが地方自治の窓口に多く寄せられていたそうだが、しかし、彼らは職務上システムからはみ出すことは出来ないし、そのシステムはすぐに変えられるものでもない。もちろん一職員がどうこうできる問題でもなく、どんな思いで「不承諾」という決断に至ったのか、その背景を知る由はないのだ。それらをひっくるめて情報の開示不足、想定不足、定員不足といってはそれまでだが、本件について、少なくともkikuo家に関わってくださった皆様は自身のできる範囲の中で、最大限動いてくださったように思う。
--
年始のデイケア(児童発達支援)から、こんな絵馬を持ち帰ったきたシュウ。
さて、この結果について、彼はどう思っているのだろうか。
スタッフに書かされてる感満載だが実際は如何にー。
医療的ケア児の保育所入れない問題について、報道されることが多い。
kikuo個人としては、肢体不自由、吸引などの医療的ケアが常時必要という重度の脳性麻痺の子が、普通の保育所に行くことは面白くないよな…‥と思ってしまう。仮に専属の看護師が配置され、つきっきりの中でクラスに入ったとしても、走り回るお友達を尻目に自分だけケアを受け続けるってなんか違和感ある。それならば現在通っているデイケアにように、たくさんの大人に囲まれて(スタッフ5名に対してシュウ1人という時もあった。運営大丈夫かと心配になってしまう。)遊びを通したリハビリを受け、たまに近くの保育所に交流しに行くという方(実際に近隣の保育所と交流している)が、シュウにとっては充実した生活なのではないかと感じる。
しかし、これはあくまでkikuo個人の意見だ。
「保育」には親の就労保証という側面も大いにあると思うし、特別児童扶養手当や所得税・住民税に障害者控除があることからも分かるように、「障害のある子は保護者だけで育てるべき」というある種の無意識的前提条件が社会には存在しており、障害児を育てている保護者はそれを敏感に感じ取っているため、なんで保育所入れないの?不平等じゃーん!と言いたくなる気持ちもよく分かる。
子の活動内容を勘案したらデイに通うのが一番。でも生活全体を考えたら、保育所入れるという選択肢があっても良い。しかし、その保育所に入れるという選択肢すらない。選べない。そこが問題なんだろうな。
障害児を育てる親は生活の中で小さな諦めちょいちょいしており、医療的ケアケア児や重度の障害児を育てる親は、小さな、という生易しい表現では足りないほど色々なものを諦めており、その諦めが「保育所入所の可否」という分かりやすい形で変換されているのだろう。障害の有無で、子どもを育てていくことの選択肢が違ってくるのは、確かに不平等だよなあ。
くどくどと大人の話を、書いてみたのだが。
で、結局シュウはどう思ってんの?
ですよねー。