戦国武将が始めて使用した物 | 戦国好きのアドリブ雑記帳

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戦国ネタ(話)が多いですが、基本は感じたこと雑記した内容です・・はい。

今回はこんな物 (事) を、あの戦国武将が初めて使用した!
 
何ていう、あれこれです。
 
まず最初の初めては
 
『眼鏡 👓』
 
を使用した戦国武将です。
 
日本で最初に眼鏡をかけたのは、大内義隆でした。
 
 
これはフランシスコ・ザビエルが、諏訪の大内義隆へ献上して、日本に眼鏡が初めて入って来た為です。
 
そしてフランシスコ・ザビエルは、キリスト教の伝来だけでなく、眼鏡を始めとした舶来品を多く日本に持ち込んでいます。
 
『機械仕掛けの時計⌚️』
 
 これも、その一つです。
 
大内義隆は眼鏡だけでなくて機械仕掛けの時計を、日本で初めて使用した武将でもあるんですね。
 
機械仕掛けの時計といえば、有名な話があります。
 
ルイス・フロイスは、天下布武の名の下に織田信長が日本を治め出した頃に、様々な異国の文明による品物を信長に献上していました。
 
 
その中には、砂糖菓子である
 
『金平糖⭐️』
『ワイン🍷』
 
といった様々な、日本に無かった物がありました。
 
ですから信長は、金平糖・ワインを口にした最初の武将という事になります。
(実際には信長が口にする物には、毒見役がいた筈ですから、その者が最初に口にした日本人という事ですが・・)
 
そして、ルイス・フロイスの献上した多くの品物の中に、目覚まし時計が含まれていたのですが・・
 
『これは、大変に便利な物であるが、壊れた際には修理も出来ずに扱いが難しいいであろうから、貰い受けるのを控えよう』
 
と言って受け取りを控えた。
 
という逸話があります。
 
便利でも壊れたら修理出来ない事までも考えて、受け取ら無いというのは、合理主義者の信長らしい逸話ですね。
 
『タバコ🚬』
 
も戦国時代に日本に入って来た物ですが、残年ながら始めに喫煙した人物はハッキリとは、していない様です。
 
愛煙家だったのは伊達政宗で、政宗は薬としてタバコを吸っていて決まった時間に毎日喫煙していました。
 
誰が最初の喫煙者かは解りませんが、日本で始めて喫煙した女性は?
 
というと、新しい物好きだった豊臣秀吉がタバコを嗜む様になると、なんと淀も秀吉の影響でタバコを吸い出したと言われていて、どうやら日本で最初の女性喫煙者は、淀だった様です。
 
 
 
次は
 
『唐辛子🌶️』
 
です。
 
唐辛子は、ポルトガル人宣教師のバルタザール・ガゴという人物が、九州の大友宗麟に種を献上した物が、国内最初の唐辛子でした。
 
ですから、唐辛子を日本で最初に口にしたのは大友宗麟といわれています。
 
 
また、余りの辛さにそのままでは口にせずに、お酢に漬けて加工した酢漬けトウガラシと呼ばれるが珍重されていたり、その辛さから南蛮胡椒と呼ばれていました。
 
お酢と胡椒は、戦国時代より以前に既に日本に有った物です。
 
 
様々な物が異国から入って来た戦国時代ですが、キリスト教という宗教も1549年に伝来しています。
 
そんなキリスト教が拡がり出した中で起きた始めてが
 
『クスマスによる戦の休戦🎄✨』
 
です。
 
キリスト教の信者達も拡がり始めた戦国時代後期には、京を中心にして将軍家を傀儡政権にして、ある意味では天下を手中にしていたのが、三好三人衆と松永久秀でした。
 
しかし三好三人衆と松永久秀は、やがて意見の食い違いから争いを始めました。
 
そんな中で起きていたのが、クリスマスを理由にして戦を休戦するという日本で最初の出来ごとでした。
 
これは松永久秀が、指揮下にある兵士達にキリスト教信者が多数いた事から戦の士気が上がらない事でクリスマスを祝う事で一時休戦の提案をしたと言われています。
 
 
最後は
 
『軍用犬 🐺』
 
です。
 
扇谷上杉家に仕えた武将で、江戸城を築いた太田道灌の曾孫である太田資正という武将がいました。
 
 
太田資正は、河越夜戦後に扇谷上杉家が滅びると、一時的に北条の軍門に下りますが、後に上杉謙信が対北条の姿勢をみせると、謙信に味方しました。
 
その後は北条家に対して最後まで敵対姿勢を貫き通し、謙信が北条と和睦をしても従わずに袂を分かち最後まで、対北条の姿勢を貫き通した武将です。
 
そんな太田資正は犬好きとして知られていましたが、それが高じて日本初の軍用犬を考案しました。
 
自身の居城でまある岩付城と、指揮下にある松山城には、数10匹づつの犬を飼っていましたが、その犬達を常に岩村城と松山城の間を行き来させていたのです。
 
その内に太田資正は、犬達の利口さを考慮して、他の城や砦の間も行き来させて道を覚えさせます。
 
こうして自軍の城を行き来出来る様になると、密書を入れた竹筒等を首に結びつけて犬を放ち、各城への伝令をさせる事に成功します。
 
敵方も城を行き来している人間には注意をはらっても、野を徘徊する犬にまでは気に掛けず、太田資正の飼ってた犬達は軍用犬として使用され出したのです。
 
これが、日本では初の軍用犬だとされています。
 
今回は、現代では普通に使用されている物ですが、始めて使用した戦国武将のご紹介でした。