中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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今日は終戦記念日

2018年08月15日 14時56分57秒 | 閑話休題:日々雑感

               今日は終戦記念日

2018年8月15日
(水) 晴

 昭和20年8月15日.終戦.
 あの日,良く晴れていて蒸し暑かった.ボロボロのラジオの前に家族,従業員全員が集まった.父は陸軍の山砲部隊に出征中だった.
 直立不動で玉音放送を聞いた.ガーガーと雑音ばかりで聞き取りにくかった.
 母が,ぽつりと,
 「終わった…!」
と言った.その場に居合わせた全員が直立不動のまますすり泣いた.
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 当時,私は旧制中学1年生.
 いつか神風が吹いて,神国大日本帝国は戦争に勝利するに決まっている…と,端から信じて疑わなかった.戦争が終わったと言われて,一瞬勝ったのかと勘違いした.
 ”負けるなんて…!!”
 とても,とても,俄には信じられなかった.
 でも,広島に高性能の特殊爆弾が投下されたという噂話を聞いていた.それに,つい先日の東京大空襲.160キロメートルも離れている信州でも,どす黒い炎の反射が中天にまで達しているのが見えた.
 それに毎日のように我が物顔で低空を飛行する敵の艦載機.
 いくら私が中学生の子どもでも,戦況はどうもまずいなとは思っていた.でも最後の一人になるまで徹底抗戦するんだと教えられていた.
 ”鬼畜米英”
 敵,アメリカ人は粗野で人殺し…頭からそう信じていた.だから,戦争に負けたんなら,その内に私たち全員が米兵に殺されるだろうと思った.
 ”この先,一体,どうなるんだろう?”
 暫くの間,とにかく先が見えない不安でいっぱいだった.
 この日を境にして,毎日のように飛来していた米軍の艦載機が来なくなった
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 混乱の中,中学の授業が始まった.
 勤労奉仕がなくなった.
 威張っていた配属将校が何時の間にか居なくなっていた.教科書もない.紙もない.一体どんな授業を受けていたのか,もうはっきりとは思い出せないが,戦争中に言っていたことと手のひらを返すように民主主義だのアメリカ礼賛んどを言い始めた教師には反発を覚えた.
(添付絵はあの日を思い出してpowerpointで悪戯書きしたもの.以前,当ブログに投稿済み)
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 あれから幾星霜.
 私は,今,PCの前に座っている.
 今は,とにかく平和だ!
 灯火管制で,天の川が横たわり数え切れないほどの星が見えた真っ暗な夜空.ギラギラと輝きながら太陽が八ヶ岳連峰に沈んでいく.一般家庭は停電続き.近くで電気が付いているのは国鉄の駅しかなかった.
 当時は腹が減って,腹が減って…今のようにダイエットだのグルメなど全く以て想像外.
 短いのか長いのか良く分からないが,たった一人の人生の間に,こんなに世の中が変わるなんて! ただ,ただ,驚くばかりである.
                               (愚痴終わり)
「閑話休題・日々雑感」の前回の記事
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