早坂有生のYALE

2016年にYale(イェール、エール)大学に学部生として入学した日本人、早坂有生のブログです。大学での出来事やアメリカ大学出願のことなどについて書いていきます。ご質問、ご要望、ご連絡は記事へのコメント(非公開設定です)にお願いします。

ビジネス成功の鍵は文化!?

以前の記事で大量生産・大量消費のスタイルを生み出したFordismについて書きました。資本主義において不可避なOver-accumulationにより廃れていったFordismですが、その後登場したPost-Fordismと括られる企業のあり方とはどのようなものなのでしょうか。圧倒的だったFordismに比べ、多種多様なシステムが生み出されましたが、その中でも今回は低価格・高品質を可能にしたサプライチェーンに注目し、そのシステムと文化の関係について考えてみたいと思います。

フォードの時代以降、企業のグローバル化が進みました。マクドナルドのような、多国籍企業が世界各国にフランチャイズを展開するという、消費の面でのグローバル化もありますが、それ以上に生産の面でのグローバル化サプライチェーンの確立は企業に大きな革命をもたらしました。サプライチェーンとは、簡単に言えば賃金の安い国・地域で商品を生産しそれを世界各国で売るというものですが、「資本は労働より可動性が高い」という分析で説明されるほど単純なシステムではありません。

サプライチェーンでよくイメージされるのは、大企業による発展途上国の労働力搾取という問題です。資本、つまり生産に対する費用は世界中移動可能ですが、労働者は移動手段の欠落、文化的・精神的条件等の理由からそう簡単に移動できません。そうすると、大企業はより低賃金で生産可能な地域を開拓していくことで利益を増加できる一方、労働者は仕事を得る代わりに低賃金で働かざるを得ないという状況が生まれてしまいます。これは確かに大きな問題ですが、このシステムを利益に結びつけるのは、企業にとってもそう容易いことではありません。ここでは企業の立場になって考えてみましょう。

発展途上国にて低賃金で労働者を雇うことと、高品質の製品を生産することは自然には結びつきません。それを達成する一つの方法は、統計的手法による厳しい監視というものです。労働者に単純作業を振り分け、生産量だけでなく品質もノルマに加え、厳しくチェックしその達成度合いにより賃金を決めるシステムにより、労働者は速く良いものを作ることを強いられます。例えば、アメリカの衣服小売企業の下請け工場(@メキシコ)では、シャツにポケットをつける、ボタンをつけるなどの作業が従業員一人一人に割り当てられ、ポケットをつけた服の数だけでなく、そのポケットの位置が基準±0.1mmに収まっているかという点も監視員によりチェックされます。そして量と質の二点におけるノルマ達成度が表にまとめられ、それを元に賃金が支払われます。

この方法は力技とも言え、従業員に同じ単純作業をひたすらさせることで大量生産を可能にしたFordismの延長線上にあるとも言えます。しかし、このような圧力をかけずとも、従業員が自ら必要以上に働き、結果低賃金・高品質を生み出せる方法があるとTsingは著書Supply Chains and the Human Conditionで主張します。その鍵となるのが、文化・ethnicityです。彼の挙げる例、ウォルマートを考えてみましょう。ウォルマートは、キリスト教由来のServant leaderという概念を企業文化に取り入れました。これは、「家族のためなら自分を犠牲にしてでも頑張るべき」というような概念で、この考えを下請け工場にも広めるとともに、工場も含めウォルマートは一つの家族のようなものだという思想もプッシュしました。これにより、従業員はたとえ賃金が安くても自分を雇ってくれる家族のような存在のために頑張って品質の良い製品を作ろうという気持ちになり頑張ります。ここまで大規模でなくとも、例えば女性が編み物をする習慣のある地域で「女性の力を、主婦の力を活かせる職場です」のようなスローガンで従業員を募ることで、トレーニング無しで製品を生産できる労働者層を雇用することが可能です。

前述の監視による力技を普通の搾取/exploitation(労働による価値より低い賃金を払うこと)とするならば、この文化による方法は超搾取/super-exploitation(経済以外の条件により価値を生み出しその対価を支払わないこと)と言えます。企業にとって利益のある文化が広まれば、労働者は意図せずとも、無自覚に搾取されていることになります。例えば、上記の女性の求職広告の例で言えば、女性は自分の編み物スキルを活かせていると思っていても、企業からすると、編み物スキルという文化的背景により生まれる利点を活かした商品生産を低賃金で行えるという搾取になっています。

この超搾取を行い成功している企業の一つにユニクロが挙げられるでしょう。ユニクロは限られた下請け工場と契約し長期間の安定した関係を築くとともに、各工場に「匠」と呼ばれる日本人の職人を派遣し、高品質なものを作り衣服を提供することの大切さ、日本の伝統的な職人文化を説いています。この制度により、各工場の従業員はユニクロの企業文化、日本の文化の価値を認識し、賃金よりも高品質な衣服を生産すること自体に意義を見出します。

「搾取」という単語にはネガティブなイメージがありますが、このような文化による超搾取は今の時代どこの企業でも行われているものではないでしょうか。「会社で一つの家族」「世界を変えるための仕事」「あなたの価値を活かせる職場」そう言った標語により、社員は知らず知らずの内に賃金という経済条件以外の条件に価値を見出し、働きます。一方、企業はその社員が経済以外の価値のために働いた分の対価を賃金により支払う必要はありません。ある意味、社員も企業も幸せなwin-winなシステムとも言えますね。

Corporationの授業では、あなたは超搾取されるとわかっていても働きますか?働けますか?という議論をしました。皆さんはどう思いますか?