グレイ家には、厨房には料理をするシェフが一人、キッチンメイドが四人、そして洗い場で食器を洗うカトラリーメイドが三人居た。
客間や主寝室、子供部屋などの掃除、各部屋の暖炉の掃除、洗濯などを任されているのが、グレイ家のハウスキーパーと、ステファニーを含む十二人のハウスメイド達だった。
(随分使用人の数が少ないな・・うちとは大違いだ。)
セルフォード侯爵家のタウンハウスとは比べ物にならない程こぢんまりとしているグレイ邸を見つめながらステファニーがそう思っていると、邸の中から一人の青年が現れた。
「伯母様、お久しぶりです。」
「まぁジョン、来ると知っていたら家を空けなかったのに。」
「伯母様、“アトランティス号”の事故の事、聞きましたよ。災難でしたね。」
「えぇ。」
そうグレイ夫人に労いの言葉を掛けた青年は、ガーネットのような真紅の瞳でステファニーを見つめた。
「伯母様、この子は?」
「あぁ、この子は今日からハウスメイドとして働く事になったステファニーよ。ステファニー、この子はわたしの甥の、ジョンよ。」
「初めまして、ステファニーと申します。」
「へぇ、伯母様がメイドを雇うなんて珍しいなぁ。」
グレイ夫人の甥・ジョンは、そう言うと彼女を玄関ホールまでエスコートした。
ステファニーが馬車の中からグレイ夫人の荷物を運んでいると、そこへジョンが戻って来て、ステファニーの荷物運びを手伝った。
「ありがとうございます、ジョン様。」
「・・やっぱり、君みたいな綺麗な手をしたメイドは今まで一度も見た事がない。それに、キングスイングリッシュを使うなんて・・君は、労働階級に属していないね?」
そう自分に詰問したジョンの英語は、かすかにアイルランド訛りがあった。
「ジョン、その子に構わないで!」
グレイ夫人は険しい表情を浮かべながら、ステファニーを睨んだ。
「何をしているの、早く仕事に戻りなさい!」
「申し訳ありません、奥様。」
「その気取った話し方をやめなさい!」
ステファニーはグレイ夫人に対して一礼すると、屋敷の中へと入った。
「あなたが新しく入ったハウスメイドね。わたしはハウスキーパーのアメリア、よろしくね。」
「よろしくお願い致します。」
「そのドレスだと動きにくいわね、それに靴も。」
グレイ家のハウスキーパー・アメリアはそう言うとステファニーをまるで品定めするかのような目で見た。
「この服に着替えなさい。コルセットはそのままでいいわ。」
「はい・・」
グレイ家のハウスキーパー・アメリアから手渡されたのは、地味な黒のワンピースと、白のレースのエプロンとヘッドキャップだった。
靴はステファニーが普段履いているようなハイヒールではなく、黒のエナメル製のパンプスだった。
「長い髪はシニョンか編み込みになさい。髪飾りの類は一切不要です。」
アメリアははきはきとした口調でそう言った後、黒いヘアピンをステファニーに手渡した。
「奥様は色々と口うるさい方だから、身支度は素早く済ませないとね。」
「はい・・」
アメリアはステファニーを使用人部屋へと連れて行くと、そこには休憩中の数人のメイド達が居た。
「あっれぇ~、見ない顔だねぇ。」
そう言ってステファニーの顔を覗き込んだのは、顔にそばかすがあるブルネットの髪をしたメイドだった。
「エミリー、この子は奥様が新しく雇ったステファニーです。さぁステファニー、皆さんにご挨拶なさい。」
「ステファニーです、よろしくお願いします。」
「変なしゃべり方!」
「本当、おかしいったら!」
ブルネットのそばかすメイド・エミリーは、そう言うと腹を抱えて隣に居る赤毛のメイドと笑った。
「ふぅん、ジョン様が言ってた通りだぁ、見てよこの手!あたし達とは全然違うよ!」
「そりゃぁスカラリーメイドのあんたの手は年中荒れ放題だもんね。あんた、どうしてうちに来たの?」
「・・“アトランティス号”の事故で、お父様とお母様を亡くして・・行くあても、頼れる身内も居なくて、娼館に売られそうになっていた所を奥様に拾われた・・」
「その身なりからすると、あんた貴族の娘だったんだろ?可哀想にねぇ。」
「さ、さっさと着替えて仕事に取りかかりな。」
「はい・・」
ドレスからワンピースへと着替えられたのはいいが、問題は髪だった。
ステファニーは今まで、自分で髪を結った事もなければ、ヘアブラシで髪を梳く事もなかった。
それらは全て、レディースメイドのリリーや、メイド長のメイがしてくれていたから。
何とか赤毛のメイド・ジェーンに髪を編み込みにして貰い、ステファニーがグレイ家の居間へと向かうと、そこではグレイ夫人とジョンが誰かと話していた。
「ねぇ伯母様、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫に決まっているでしょう!」
「ジョン、お前は黙ってろ!」