今日も元気で頑張るニャン

家族になった保護猫たちの日常を綴りながら、ノラ猫たちとの共存を模索するブログです。

何がみうに起こったのか ~中枢性前庭疾患について~

2019年08月11日 | (故)みう(おかあさん)
昨日の午後、みうの葬儀を終えました。今でもみうを失ったことは信じ難く、諦めきれない気持ちだけど、新たに学んだこともあるし気持ちの整理の意味もあるので、いろいろ書いておこうと思います。(長文です)


生前のみう(下はリン)

大切なものを亡くせば悲しいのも淋しいのも当然。でも今の自分を支配しているのは悔恨、悔しいの一語に尽きます。何がって、自分自身の力のなさと非情な運命です。みうを語るならそのカテゴリーの全記事に溢れているように、一にも二にも気立てのよさだ。物静かで穏やかで控えめで奥ゆかしくて他人を優先する。それでいて茶目っ気があっていつも前向き。人間でも猫でも、こんな性格の持ち主に出会うのは初めてだった。(特に「女らしさはみうの華」「もしも人間だったなら」「リビングの華」など参照。) 「女らしさはみうの華」でも書いたように、みうは人間だの猫だのという次元を超えて、最後には幸せにならなければいけない存在だと思っていました。そうでなきゃ、世の中道理が通らない。

しかも、みうはニャーと並んで当ブログの現役最古参だった(3年10ヶ月のお付き合い)。そして自分の腹心だったテツの忘れ形見。テツのカテゴリーでも先日みうの応援を誓ったばかりだ。だからみうには目を掛けていました。別に贔屓するわけじゃなくて、いつも順番が最後で時として諦めてしまうみうが割を食わないように気を配る。難聴のみうにもみんなと同じように家猫生活をエンジョイしてもらいたい、それだけでした。

みうの出棺準備①:トイレ砂2種類、カリカリ、レトルトをまず入れて

そんなみうの人生(猫生)をこんな形で終わらせてしまった。しかも6歳前後(推定)という若さで。悔いが残るのは当然なんです。葬儀の後、一体みうに何が起こったのか調べまくりました。先日書いた「みう、頑張ってます」では、前庭疾患が末梢性であることに疑問を投じながらも信じようとしていた。しかしこういう結末になった以上、(2週間ほどで回復するはずの)末梢性ではなかったことが明白だ。みうの病魔はやはり中枢性前庭疾患だった? しかしこの中枢性についてはどう調べてもよくわからない。稀な病気らしく記述も少ないし学術用語が多いのです。そこで病院の先生に、今回の報告とお礼を兼ねて電話しました。自分としては自分に誤判断や落ち度がなかったか、それだけは確認したかった。

先生は診療中だったが夜遅くなって折り返して頂き、30分近く話をしました。まずその後の経過について説明すると、先生も「やはり中枢性だったね」と。ただみうの場合は耳ダニが相当ひどく炎症を起こしていたため、「まずは内耳炎に起因する(末梢性)前庭障害を疑うのが筋だろう」と。ちなみに、以前に「鼓膜の破損」と言ったのは先生の推測だったが、まず間違いないと。2週間経って眼振が再発したとき、再発ではなく中枢性なのではと思ったそうだ。さらに先生は、その時の確認事項としていくつかの話をしてくれた。


みうの出棺準備②:思い切りお花で飾りました

眼振について、自分の調べでは「水平眼振=末梢性」だったが実際にはそうではないという。垂直眼振や回転眼振は中枢性を示すが水平眼振は末梢性、中枢性の両方の可能性があるのだという。しかし末梢性の場合は頭位(頭の角度)によらない水平性を示すのでわかる。みうの場合、自分はそこまでは確認しなかった。

決定的だったのは先生のその後の話だ。中枢性前庭疾患、つまり脳をやられた場合の特徴としては姿勢反応(反射)の喪失とナックリング異常がある。姿勢反応喪失のうち立ち直り反応(跳び直り反応)の喪失とは、身体を持ち上げて再び接地させるときに手足がなよなよしてうまく使えず、あらぬ状態になって普通の姿勢をとれないことを言う。ナックリング異常とは、同様に接地させるときに手首が内側に折れて肉球が上向きになってしまうこと。実はこれこそまさにみうの最初からの症状そのもの、単なるふらつきに見えなかった自分の不安の根源でした。

おそらく、確信ではないが先生はわかっていたのです。でも自分が(末梢性前庭の)再発だと信じて疑わないので、その可能性無きにしも非ずと強くは言わなかったのでしょう。そうなのでした。この先生は保護者の希望を絶つようなことを言えないのです。そのせいでかつてハナやくもの入院を一縷の望みで続行させ、結果的に看取れず病院で淋しく逝かせてしまった。もちろんこの優しい先生に感謝こそすれ恨むなんてできません・・。 先生との電話の後でネットの記事を調べ直してみると、数は少なく断片的ではあるけど確かに同じことが書かれている。自分がきちんと理解していれば、みうは最初から中枢性前庭疾患だとわかるはずだったのです。ちなみに先生に伺った話のおさらいとして役に立ったサイトを、本記事の下に紹介しておきます。

(葬儀場にて)最後のお別れのひととき

先生との話はまだ続きます。
次に先生から聞いたのは"予後不良"という言葉だった。「中枢性の場合はだいたいが予後不良だからね。」 この言葉はネットで調べているときも時折見かけたが、予測不明のときの逃げ口上みたいであまり気にしていなかった。だが先生に聞いて驚いた。要は治る見込みがなく殆どの場合は死に至る、の意味。つまりみうの場合は初めて倒れたあの七夕の日から、既に助かる見込みはなかった・・・?  しかしまあ、それを知ったところで何かが変わったわけじゃない。いずれにしても自分は出来る限りのことをしたのだから。

でも、本当に治る見込みはなかったのだろうか。それを知るには、今となっては難しいだろうけど原因を突き止めなければならない。耳ダニに起因する内耳炎から前庭障害を起こし、それが脳性(中枢性)のものに進化したという自分の推測は、先生はやんわりと否定した。同時に発症したが原因は別だろうと。みうの場合はまだ若いので脳腫瘍や脳梗塞の可能性は低く、むしろ感染症が原因なのかもしれない。そしてクリプトコッカス(真菌)、トキソプラズマ(原虫)、FIP(伝染性腹膜炎・ウィルス)などの名前を挙げた。多頭飼いのストレスや抵抗力が弱っているときに発症し易い病気だが、みうの場合はいずれも症状的に当てはまらなかった。

先生が言うには、大変な経費と時間と(麻酔などの)リスクをかけて検査して、運よくその原因を突き止めたとしても、完治するのは難しい。強烈な抗真菌剤や抗生物質やサルファ剤を1年以上投与しても効果の判別すらつかないばかりか、むしろ副作用で二次的な問題を生じることが多いそうだ。つまり、だから「予後不良」なのだ。

オジンのメッセージも添えました

電話を終えて、やはりこれはみうの運命だったと思わざるを得なかった。こんなに気立てが良くて健気に生きてきた子に対して、運命は何と非情なことか。その短い人生(猫生)の中で自分と出会えたことが、みうにとってせめてもの幸せだったことを願うばかりです。

みう、こんなに早くお別れが来るなんて思いもしなかったけど
お前は本当によく頑張ったよ
今度はそっちでまた会おう

REST IN PEACE
美 宇

わが家の守り神になったみう(美宇) (右は先日亡くなったテンちゃん)


※タイトルの通り、役に立ったサイトです。
「役に立つ動物の病気の情報」  (「神経の疾患」→「脳の疾患」→「斜頸」の項目)

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