Zen禅

心理学に基づく坐禅の研究-心の風景を眺め、流れていく気持ちの音を静かに聴く(英訳)

恩師の死

2020-06-23 | 人間関係

当ブログへお越しの皆様へ

 

只今、大学での恩師が亡くなられたとの知らせがありました。

 

その先生から生きるために持つべき心構えを習いました。

人を受け容れることがどういうことかを体験させてくれました。

私が暗黒で道に迷った時に出口を照らしてくれました。

 

増田実先生

 

その先生に出会えなかったら、私は鬼のまま人間の道を歩んだと思います。

私の中の鬼とどう付き合っていけるかを教えてくれました。

最後にお会いした時、

先生の本を通訳できる実力を持つまで生きていてくださいと言ったら、

はい、待ってますよ!とおっしゃったのでした。

恩師を亡くして、死が私のことになりました。

 

暫くブログ更新を休みたいと思います。

 

 

 

追記など:

上記の写真は2017年の夏、

先生のエンカウンターグループ(3泊4日、日本の千葉)に参加した時に

先生と撮った写真です。

帰国してからその心理学ワークショップのことで気づいたことを書いたのが、

https://blog.goo.ne.jp/hasunohana1966/e/8fc142b98e8e083978a520699edcc118

 

増田先生の教え

https://blog.goo.ne.jp/hasunohana1966/e/002d05b74015bcc9877c070f9379a2a0

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29 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ZIP)
2020-06-24 09:07:06
恩師との記憶に残るのは、言葉や知識だけではなくクオリティもあるわけだ。
受容とは、恩師と一緒に過ごした時間や空間のクオリティも含めたものだ。
クオリティとは波羅蜜多
Unknown (ZIPさんへ)
2020-06-25 21:57:59
記事内容がコメントしようがない事柄にも関わらず、
意見を書いてくださって感謝します。
極めて個人的なことなのに、


『卒啄同時』
その先生から習った禅語ですが、
それを実体感しました。
マイクロな般若心経よりミクロな皮膚感覚で。

私の血縁の縁は
生まれた時から破綻していました。
生みの母は生後2ヶ月の私を置き去りに
自分の実家に帰って
(離婚届けも済ませないまま)
父と同居していた女性から
幼児から虐待を受けて
結局、その人も2人の異腹兄弟を父に残して家出
小学生の私と姉がその二人の兄弟を育てましたね。
私が17歳の時に
家出をしたその女性と父は
また同居を始めて
再婚の手続きをするために
私の実の母と離婚しなけれなならなくなり
(二人の異腹兄弟は私の実の母と父との結婚戸籍に入っていた)
親権訴訟も起こしていたのです。

結局、父のその女性は私の実の母を見つけて
裁判で離婚を成立させ
異腹兄弟を自分達の子として戸籍に入れ直し
私と姉は前妻との子として籍に入っていました。

その時に
その義理の母が私の実の母に法定で会って
”あんた、自分が生んだ子供の名前覚えているのかい?”と聞いたらしく
実の母、私はその二人生んだ覚えないよと言ったと
私に笑いながら教えてくれましたね。
(それを聞いて私吐いてしまったのかな)
それが18歳のことです。

それから私はその家を劇的に脱出して
(これは正に脱出のレベル)
姉と二人で暮らすことになった経緯でした。

簡単に書いたのですが、
その背景があって、
私は家族との縁は
姉、亡き祖母くらいで、
人からあまり影響されないタイプになっちゃいましたが、

雄一、それらの血縁も超えて
あらゆる人間関係も超えて
血縁より私と深く関わった人は
今回書いた増田先生です。

卒業しても関わっていたし、
アメリカに移住してからも
その先生から習って(精神的に)いました。

私はクオリティーなど
仏教用語はピーンとこないですが、
人を受け容れることのできなかった私に
20年以上かけて
少しづつ、訓練させてもらいました。

その先生が亡くなったのです。


 (のしてんてん)
2020-06-25 22:52:12
師と出会ったのは、私の場合すべてを捨てた時でした。
全てを失った喪失感から絵と出合い必死で10年描き続けた絵がどうしても自分のものにならない焦りがあって、師に出逢いました。一瞬でこの人だと直感して、10年描いた絵と絵の具絵筆、すべてを捨てて師と向かい合いました。
師は親とは全くレベルの違う高さから私を導いてくれました。
その師が50代でこの世を去ったとき、私はもう私ではなくなっていました。自分の半分以上を失った思いで、その痛みは長いあいだ消えませんでした。

ところが不思議なことが起こりました。師を失ってもう20年を越えましたが、私の心の半分は師だと分かって来たのです。

師の年をゆうに超えてしまった私ですが、心の中で師はいつもの笑顔を向けてくれます。

師は親子とは違います。決定的に違います。それは自分の心の根源だと思いますね。




Unknown (のしてんてんさんへ)
2020-06-26 01:29:05
想像を絶するスケールですね。
私も結構な波乱万丈を送ったと思っていましたが、
のしてんてんさんの喪失感とは次元が違う感じがします。
私は今まで、誰かを失った(死なされた)という喪失感を感じたことが無かったです。
父が死んだと戸籍を取った時に分かった時も
悲しみは全く無くて逆に安堵したほどのモンスターでした。
祖母は亡くってから20年以上経った時、
初めて悲しみで何日間泣きましたね。
それくらいかな。

で、増田先生を亡くして
ああ、これが喪失感なのかな。
誰かを亡くして悲しむ人はこのようなおもいをしたのだろうね、みたいな
推測のような気持ちでしたが、共感に似た気持ちでしたね。

全てを捨てられる、15年間経営した塾を閉じた時の心境に似たのかな、どうか。
トラック2台分の本や参考書、机や椅子などを手放した時
もう鈍感になってましたね。

今朝は起きてから
読者登録したブログを全部読んで(それぞれ10個以上の記事)
死とか忘れて
心が落ち着けました。
ありがたくおもえましたね。
 (のしてんてん)
2020-06-26 08:42:43
数日前、桂蓮様に、あなたは恋が出来る人だと言われて、ハッとしました。
目が覚めたというか、自分がここまで来た風景がはっきり見通せたのです。

自分では気付かないのに、人から気付かされる。その時稲妻のようなスパークが起こりますね。

「想像を絶するスケール」と言われますが、それは単なる恋に過ぎません。

過酷な環境を潜り抜けて来られた桂蓮様に、私は必然的な強さを感じます。強くなければ生きていけない中で進んでこられた桂蓮様に、弱くても生きていけるという気付きが生まれてきているのだと、勝手に思ったりしています。

明日はどう思うのか分かりませんが、風の吹くままで^す^
Unknown (ZIP)
2020-06-26 11:19:33
実の母から直接聞いたのではなく、義理の母から聞いた話しをそのまま真に受けただけということだな。
Unknown (のしてんてんさんへ)
2020-06-26 15:49:36
恋ができる人・・・

銀座の交差点で初めてお会いした時、
人込みの中で必死になって私をみつけようとしてましたね。
その時に
この人、真剣勝負しかしない人だ、
吸い込まれないようにしよう、
関わったら疲れる、
情が移ったら切れない、など
複雑、かつ打算的な印象が私の脳裏を過ぎってましたね。

今までそれを言わない方を選びましたが、
何故か、この頃
言わないで蓋をしていた感想や感覚が
どこかで漏れ出しているような気がします。

私の本能は
それらを言え、と言っているので、
気分を害する恐れはありますが、
書いておきます。

自然の摂理は
恋ができる人、できない人をランダムに選んで
均衡を取っているのですかね?

今思うと私も若かった時、恋などしてみれば良かったなと
行けなかった道でしたね。
いや、恋への道はあったはずですが、
その道の奥には
裏切りと涙しか無いと思ったのかな。


Unknown (ZIP)
2020-06-26 17:54:48
「産んだ覚えはない」という嘘をつく・・・
結果的に本人が下したその決定までにおける過程上で味わった様々な苦しみが間違いなくあったはずだ。
その結果、嘘をつくというその毅然とした態度が、まさに貴女とよく似ているように思えてならない。
Unknown (ZIPさんへ)
2020-06-26 19:49:10
ZIPさんは感情より事実を優先しろといいたいのかな。
或いは、産んでくれた人に対してその人が育児の責任を放棄しても
産んでくれたことに感謝しろとのことなのかな。

とにかく、母性についてZIPさんは盲目的かもですね。
でなければ、愛されて育てられて
そうでない人の感覚を頭脳でしか分からないのかな。

私は親に対して憎しみは持っていませんし、
失望や期待さえ何も無いのです。
子であることで
もう幼い時から責任は果たしました。
5,6歳のときから家事をして
家を出るまで家の仕事、お金を稼いで父にお返しして
心に負うべきものが全く無いです。
高校も自分で稼いで卒業資格を取ったし、
自分が生きたことへのお返しは
必要以上にもう果たしましたね。

その生みの親は
他の男性と(結婚しないまま)住んで4人の子を産んだようでしたね。
苦しみがあるとしたら
その再婚相手との間であったかも。

とにかく、この話題になったのは
私が生い立ちを書いたからなのですが、
今思うと
喪失感を実感して
生みの親への喪失感(無意識に抑え込んでいた)と繋がったからかな。

書き始めた(話し始めた)ことの責任もあるから
書いてくださったことへ
できる限り応えていきたいのですが、
この手の話題、吐き出して
何の意味が無いのは確かです。

嘘を付いたように思われたら
残念ですが、
ZIPさんは私の態度に対して
毛嫌いしているところがあるのかな。
そうだとしても
仏教用語を羅列されるより
遥かに人間味はありますね。



Unknown (ZIP)
2020-06-26 21:10:01
毛嫌いするならコメントなど何年も続けはしない。
ましてや、「産んでもらったことに感謝しろ」などと私が口が裂けても言わないことぐらい、今までコメントのやり取りをしていて分からなかったことにさらに驚く。

生まれたことに対して、自分が親に返さねばならない責任を負うことの意味がわからん。

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