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80年代 京都の大学生だった私の下宿生活

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80年代の半ば、私は京都の大学に入学し初めて親元を離れて下宿生活を始めました。

4年間の独り暮らしのスタートです。

最初こそいろいろ不安でしたが、ゴールデンウイークあたりを境に大学にもだんだん慣れて落ち着き始めました。

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下宿生活のルール

独り暮らしといっても私の下宿は1階と2階に12室ある女子専用のアパートで、1階に共用の台所と洗面所、トイレ、ランドリーがありました。

下宿人も同じ大学の人だけなので、マンションに比べるとかなり気楽で安心感がありましたね。

廊下や台所などの共用スペースで顔を合わせると、みんな笑顔で挨拶をしていました。

 

でも、ちょっとした気遣いも必要でした。

例えば、誰かが洗濯機を使っていたら終わりそうな頃を見計らって使うとか…。

これは台所も同じです。

また調理した後は生ゴミを捨てたり、台ふきで掃除してキレイにしておくとか。

当たり前のことですが…。

それでも、そういう気遣いができない人が何人かはいるものです。  

生活していくうちに、「いつも汚しっぱなしなのは誰か?」

だんだんわかってきたりしました(笑)  

 

私の下宿は大家さんが几帳面な方だったので、いつもキレイに掃除をしてくれて洗面所やトイレ、廊下などはいつもピカピカでした。

大家さんがいるというのは、何かと心強かったですね。

月に一度、学生が読み終わった新聞や雑誌を古紙回収に出して、もらったポケットティッシュを玄関のくつ箱の上に置いといてくれました。

大阪のおばちゃんのように、独りでたくさん貰っていくような人はいませんでしたね。

二十歳前後の女の子ばかりでしたからね(笑)

 

お料理は修行!?

私にとって一番大変だったのはお料理です。

家庭科もあんまり得意ではなかったし、家にいる時はお手伝い程度しかしてなかったのでとても不安でした。

独り暮らしを始める前に母から特訓を受けたのですが、やっぱり心配でしたね。

それと最初の月は仕送りからひと月の食費をどうやり繰りして買い物をしたらいいのか、全く見当がついてなかったように思います。  

朝食はコーヒーとトースト。

昼食はほとんど学食

yuluttokyoto.hatenablog.jp

そして夕食はまさに修行の場でしたね。

 

最初の頃作っていたのは、ハムエッグに生野菜とか野菜炒め程度でした。

でもだんだん慣れてきて、お味噌汁や肉じゃが、炒飯などが作れるようになりました。わからないことは母に電話で聞きながらでしたが…(笑)

でも必要に迫られると何とかできるようになるものですね。

この修行のおかげで、お料理が少し好きになりました。

 

狭くても私の城

下宿の部屋はどの部屋も大きめの押し入れと板の間がついていました。

板の間には冷蔵庫が備え付けてあり、横に置いたラックの上にトースターや炊飯器をのせていました。  

台所は調理台と流し台、ガスコンロ、12人分に仕切られた大きなラック(調味料やお米を入れる用)が置いてありました。

少し不便でしたが部屋から材料を持って行って台所で調理をし、出来たものを部屋に運んで食べていました。

今はやりのシェアハウスはリビングに置いた大きなテーブルで食事しているようですが、どちらがいいのでしょう?  

みんな部屋に、冬になるとこたつとして使えるテーブルを置いて、その上で食事も勉強もしていました。

 

和室で畳の上に布団を敷いて寝て朝になるとたたんで押し入れに仕舞うのですが、これはなかなか合理的だと思いましたね。

狭い部屋を広く使う日本人の知恵でしょうか?

私の狭い部屋に友達を2人泊めたことがありました!

 

唯一不便だったこと

下宿には全自動洗濯機が2台と乾燥機があり、とても便利でした。

一つだけ不便だったのはお風呂がなかったことです。

近くの銭湯に行っていましたが、夜出掛けるのはおっくうなものです。

銭湯は歩いて5分弱のところと10分くらいのところにありました。

近所とはいえ雨降りなど天候の悪い時は嫌でしたね。

特に冬場はつらかったです。髪の毛が凍りそうでしたから。    

この頃の京都は学生の数が多く、お風呂のない下宿がたくさんありました。

そしてまだたくさんの銭湯がありました。

どこの銭湯サウナジェットバスなどがあって、すぐに疲れが取れたので嫌いではありませんでしたね。

ただ、同じ下宿の人に会うと何か極まりが悪いというか気恥ずかしくて、そそくさと出てきていました(笑)

 

楽しかった下宿生活

3回生になる時に下宿の契約更新がありました。

私は一緒に入った同学年の3人と離れがたく、また引越しの面倒くささもあって4年間同じ下宿に住み続けました。

大学の友達の中にはマンションにかわった人もいましたが、結局4人とも卒業するまで同じ下宿でしたね。  

プライバシーがあるようでないような下宿でしたが、一つ屋根の下で暮らしているせいかお互いの心配をしあっていました。

風邪をひいて熱が出た時など、買い物に行ってもらったりお薬を貰ったりしたこともあります。

誰かの部屋に集まって夜中まで話し込んだりすることも多かったですね。  

 

その反面、窮屈なこともありました。

門限が11時に決まっていて、遅くなる日はホワイトボードに名前と理由を書いておかなければいけない規則でした。

また、どこかの部屋で大きな声で騒いだりするとかなり迷惑でしたね。  

また面白いことや、不思議なこと、焦ったことなど,いろいろなことがありました。

それについては次回に書きます。

 

下宿はなくなってしまうのか?

今はほとんどがマンションになり下宿は廃れつつあります。

私が住んでいた下宿がどうなっているか見に行ったことがありましたが、すでに廃業していました。

昔ながらの下宿が、プライバシーを大事にしたい今時の学生に人気がないというのはよくわかります。

私も今の時代に学生だったら、きっとマンションを選んでいたでしょう。  

 

でもシェアハウスなど、人と繋がれる住み方がまた人気なのも確かです。

特に自然災害が多発している今、何かあった時に一人では心配だという声もよく聞きます。  

私は、下宿の4年間で得たものはとても大きいと思っています。

「人と関わり、遠慮し合い気を使い合いながらも、相手を尊重し大切に思いやる」貴重な体験でした。

同じ下宿で4年間を共にした3人とは、卒業や引っ越し、就職のドタバタした中で別れてから一度も会っていません。

スマホのある今だったらなあと少し残念に思います。

 

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