この数日は不安定な日が続いているが、
おとといの夕方も、今にも雨が降り出しそうだった。
山科西野山の岩屋寺は曹洞宗永平寺派天寧寺の末寺、
本尊は大聖不動明王、尼寺霊場の一つ。
赤穂の義士、大石内蔵助の閑居跡として知られ、
「大石寺」とも呼ばれている。山号は神遊山。
周辺のソメイヨシノは咲きだしたばかりだが、
山門と境内の枝垂れ桜はほぼ見頃を迎えていた。
西野山の中腹、
更に上ると山科神社が祀られている。
初めて去年訪れた際は既に陽は落ち、
又、大石神社の裏道を通ったので、
参道の大石内蔵助棲跡を知る由も無かったが、
こんなにも立派な枝垂れ桜が花を咲かせていた。
曇り空なので写真はもう一つ、
もう二つ、もう三つだが(笑)!
1701年7月、
親戚で郷士・進藤源四郎が保証人になり、
大石内蔵助は西野山村に移る。
家屋は新築であり、永住を偽装したためと云う。
1702年、大石宅に同志が集まる。
9月頃、江戸に出発した。
1703年、討入り成功後に大石内蔵助は、
邸宅、田畑などを岩屋寺に寄進したと云う。
本堂には本尊の周りに
赤穂浪士・四十七士の位牌が並べられている。
又、内蔵助が使用した文机や貴重品箱などの
遺品が保管、展示されている。
山号は神遊山、
本懐を果たした内蔵助と赤穂浪士・四十七士が
まだこの地で遊んでいるかのように、
内蔵助を幹とし、四十七士の枝が縦横無尽に、
春の風にそやそやとたなびいていた。
新型コロナがこれほどまで広がらなければ、
この場所は多くの方が訪れ、赤穂浪士を忍び、
ベンチに腰掛け一時の花見を楽しんでいるのだが、
誠に寂しい限り...
神遊山のしだれ桜 誰を恨みましょう
道理が通らない世の中 四十七士と戯れて 恨みっこなし