続き…

 

いっそう強くなった風の中、水を浴びせられたように……、いや風に混じった雨のせいで文字通り濡れていたのか……、唖然と立ち尽くした僕に、突然なっちゃんが、僕の名前を叫びながら、飛び付いて来て僕らは道に倒れた。

 

 

直後、道に倒れた僕らのほんの少し上を、何かがかすめるように飛んでいった。

 
そして
 
『ガキッ』
 
 
という何かがぶつかるような、大きな鈍い音……。

 

予想外の突然の連続に、僕は目を白黒させて、辺りを確認すると……、電話ボックスの開いたままのドア……、その中の電話の下側、電話帳などが置いてある棚……、そこに……突き刺さるように……、この強風で飛ばされたのだろう……、折れた木の幹と言ってもよいほどの、太い枝が突き刺さるように、そこにあった。

 
電話ボックスのガラスはたぶん割れてはいない……。


様々な異常な事態により、状況の理解に時間が掛かったが

…強風で飛んできた……?あれは……直撃していたら……死んでいたかも知れない…

そう理解したときにやっと汗がダラダラと額から落ちた。

なっちゃんが戻さなかったボックス内の緑色の受話器は……、風のせいか、不自然に……ブランブランと揺れている……。

今の木の枝のせいで故障したのか、電話ボックスの電気が明滅を始めた。

その明滅する電話ボックス内、暗くなったときにだけ……、その中に奇怪な人影が……ちらつくのを僕は見た……!

 

 

それは……確かに人型をしていたが……何かがおかしい。

 
どうやらそれは、ネクタイをしてスーツを着ているようだ……。
 
だが、口から墨汁をはいたように放射状に胸元は黒く汚れ、何よりも腹から下はまた真っ黒だった……。


その朧気な存在は、先刻の枝と重なるように立っていて、まるでその枝が腹に刺さっているようにも見えた。

その足は……アルファベットのXのように、きつい内股で……、どう見ても……それで上半身を支えられるとは思えない……。


それが……ブランブランと揺れる受話器を……、ゆっくりと手に取り……何かを呟いている……。

僕は放心状態で、尻餅をついたまま……、ただそれを見ていた。

僕の足下にはなっちゃんがうつ伏せで、その脇に僕の携帯が転がっていた……。

また突然……、なっちゃんが道に両手をついて、立ち上がり……、すぐに……僕の携帯を何回も踏み潰し、バラバラになったそれを蹴り飛ばした。

そのときのなっちゃんの行動に対して、僕に怒りの感情などなかった。そのときの僕の中には恐怖しかなかったから……。

そんな放心状態の僕の頬を殴り飛ばし、

「しっかりしろ!起きろ!行くぞ!」

と、なっちゃんは両手で僕の胸ぐらを掴み、座ったままの僕を無理矢理に立ち上げる。

何一つ納得できない中、一つだけ僕がそのとき、するべきことが理解できた。

…なっちゃんに……ついて行かないと…

と、ヨロヨロと僕はなっちゃんの方向……、彼が先刻、車を停めた方向へ向かった。

僕が車に辿り着いたときには、既になっちゃんは車のエンジンをかけていて、フロントガラスの向こう側から僕を厳しい目で目で追っていた。

僕が乗り込むと同時に、車はバックで急発進し、ターンして公園を後にした。

なぜにバックだったのか、と後々なっちゃんに尋ねると、電話ボックスを横切りたくなかったから、との返答だった。

しばらくの間、僕らは無言だった。言いたいことは山ほどあったが、何から言えばいいかわからなかった僕は、とりあえず

「すまん……。びしょびしょのまま……車に乗ってしまった……」

と、なっちゃんに詫びると

「後から拭けばいい。そんなことより、二人とも無事でよかった。携帯は悪かった」

と、相も変わらずぶっきらぼうに、しかし、優しい言葉が返ってきた。

「今のやつは……なんやったんやろ……?」

と、僕は最も気になっていたことを口にしたが、

「知るわけない……。やけどな……。あいつは完全にこっちを殺す気やった。意味わからんやつは今まで結構見てきたけど、意図してこちらを殺そうとしてくるやつは……あんまりないよな……」

そして、なっちゃんは恐ろしい言葉を続けた。

あのとき……、あの巨大な木の枝が飛んできて、すんでのところで、なっちゃんが僕にタックルして道に倒れたとき……、僕の、公衆電話に繋がったままの携帯は……なっちゃんの耳の近くに転がっていた。

 

 

偶然なのか、それも超常的な現象の一部だったのか、そのときなっちゃんの耳には、

 
僕の携帯が呟く呪いの言葉が聞こえていたのだ。
 
 

 

「死ねば……よかったのに……!」

 


と、いう、地の底から絞り出されるような恐ろしい男の声を……。

 

続く…