この小説は純粋な創作です。

実在の人物・団体に関係はありません。

 

 



鷲羽海斗は
思いがけず空いた時間を
執務にあてていた。



めまぐるしくPCの画面は変わっていく

その脳内で何がどう動いているのか余人に計り知ることはできない。

情報を処理し判断し決断を下すまでの速さを受け入れるには

常識が壁となる。

 

端正な顔には感情が浮かばない。

その決裁が非情ということではない。

鷲羽の方針は弱気に添うと決まっている。

 

 

次々と流れ出す指示は

あくまでも細やかでその地の実情を踏まえた上で

確実に利益を生み出しそれを地元住民に還元できるものだ。

 

 

が、

そこに鷲羽海斗の情はない。

そういうことなのだ。

 

 

 

開け放った窓にから日脚は次第に伸びる。

ほんの小一時間、

鷲羽財団にどくどくと血流は力強く巡り

明日へと続く道ははるかに見通せるほどにクリアとなった。

 

 

 

世界各地の支店から返信が次々と戻ってくるのを確認し、

その結果を市場に上がってくる数字に確かめると

鷲羽海斗はPCを閉じた。

 

 

 

終わってしまった。

それが続いた方がいいのか

それともすぐにも終わってほしかったのか

それすらも分からない。

 

 

ただ

今はすべきことが何もなくなった。

それだけだ。

座っていた椅子を立ち上がる。

 

 

所在ない。

コーヒーでも飲もうかと考え、

ホテルであることを思い出す。

部屋を出るのは億劫だった。

 

 

ピピッと小鳥が囀る。

目をやるとベランダの手すりにヒヨドリが小首を傾げていた。

その仕草にわけもなく胸が締め付けられ、

愛らしい声がよみがえる。

 

 

 海斗

 お仕事終わった?


さらさらと傾げた頭から

ぬばたまの髪が流れる。

白い肌に赤い唇、

艶やかな黒髪。

おとぎ話から抜け出したような姿だ。



四月から五月まで

屋敷から出さずに手元に置いた。

理由も告げなかったが

じっと大人しく側にいた。

 

あちこちと駆け回る日が続いたが

戻って洋館を見上げれば窓辺に華奢な姿があった。

 

 


 ねえ

 つかまえられる?


伸ばした手をするりとかわして

蝶は妖しく羽をひらめかす。

 

あれほどに頼りなくあったものが、

どういう羽化を遂げたらこうなるのか。

 

 

 

「瑞月……」

 

そう呟いて、

飛び立つ翼の音にはっとする。

 

 

瑞月に出会うまで

自分は何をしていたのか

それが朧なものになっていた。

 

そして、

たった今終えたばかりの鷲羽財団を動かすという行為もまた

ひどく朧だった。

 

 

 

今、

今、

その姿を見たかった。

 

絶え間なく羽化していく恋人は

もう空を飛ぶ翼をもった。

それを心から願った日々が遠くなっていた。

 

 

ほうっとため息をつくと

狼はカレンダーを眺めた。

幼い仔猫を守りただ一人、

いつ呑み込まれるともしれぬ闇に対峙したときは

もう帰らないのだ。




まだ2日ある……。

瑞月がいないと、

何をして過ごしてよいかも定まらなかった。


 

 

どう過ごしたものか。

超人といえる力も、

成し遂げたい何かがなければ、

本人にとっては無用の長物だ。


 

鷲羽は佐賀海斗を頭にいただく龍となり、

世界を駆け巡る。

が、

佐賀海斗は鷲羽の玉座にあって恋心を持て余していた。

 

 

 

明日の客は家族と共に遅い避暑を楽しみにきたと言っていた。

孫娘は二十歳と聞いている。

……どう過ごしたらよいものか。

 

 

勾玉はない。

ないが瑞月にはわかってしまう気がした。

鷲羽海斗はしばらく考え、

スマホを取り上げた。

 

 

「あ、

 作田さんですか。

 すみません。

 明日、

 また見合いのようです」

 

「はい……。

 

 はい……。」

 

断るつもりの見合いの過ごし方指南は、

しばらく続くようだ。

 

 

鷲羽財団総帥は、

何事であれ、

できないというものがない。

 

ただ

一人の少年をめぐっては心配の種が尽きない。

あとほんの2日ほどが永遠とも感じられる総帥だった。

 

 

画像はお借りしました。

ありがとうございます。





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