幸町IVFクリニック院長 雀部です。

私が体外受精の診療に携わるようになった1990年ごろ、体外受精に用いる培養液は、自分たちで成分から作成していました。今はそんな手間の掛かることをしなくても、良質な培養液がいくつものメーカーから販売されています。各メーカーは、独自の組成の培養液を開発し、その特色をセールスポイントとして販売しています。我々クリニックは、何種類もある培養液のそれぞれの特色や組成をよく検討し、選定して臨床に用いることになります。

ところで、この培養液、どのメーカーの培養液を使うかによって、生まれた後の発育が異なってくると聞いたらびっくりしますよね? 今年の7月に発表されたばかりの論文を紹介します。

Zandstra, H., et al. (2018). "Association of culture medium with growth, weight and cardiovascular development of IVF children at the age of 9 years." Hum Reprod.

比較したのは、Vitrolife社とCook社の培養液です。たくさんある培養液の中で、最もメジャーな2社です。

2003年7月から2006年12月までの間に、体外受精、分割期胚移植を行った結果、単胎妊娠、出産に至った児294人のうち、136人の9歳児が研究に参加しました。体外受精の際に用いた培養液は、Vitrolife社75人、Cook社61人でした。この136人に対して、2時間半かけて発育や心血管系などについて検査を行いました。

その結果、体重は1.58kg、BMIは0.84kg/m2、Vitrolife社の方が重いことがわかりました。身長は、有意差ありませんでした。ウエスト周囲は3.21cm、Vitrolife社の方が長く、ウエスト/ヒップ比は0.03大きいことがわかりました。体幹の皮下脂肪の厚みを4ポイント測る検査は3.44cm、Vitrolife社の方が皮下脂肪が多いとの結果でした。血圧、空腹時グルコース、空腹時インシュリン、総/LDL/HDLコレステロール、中性脂肪、TSH、毛髪中のコルチゾール/コルチゾン濃度、心血管系の検査では、有意差なしでした。

【注意!】どちらの培養液が優れているか、優劣をつけることを目的とした研究ではありませんので誤解のないように

分割期胚移植なので胚が培養液に暴露されていたのは、わずか2-3日間程度ですが、生まれて9年後の発育に影響してくるとは驚きですね!培養液重要です!

ところで、この重要な培養液、日本では、国が認可している培養液がひとつもないというか、認可するシステムそのものがないということご存じでしたか?すべての市販の培養液が、日本国内では研究用試薬です。つまり、人体に使用することが認められていません。

ちなみに、アメリカやヨーロッパは、ちゃんと国が培養液を評価して認可するシステムがあります。治療を受ける方々の医療安全のために、国が責任を持って審査し、認可しているのです。日本は野放し状態ですので、どこの国の認可も得ていない培養液も普通に流通しています。医療安全を気にする医師は、やむを得ずアメリカなどで認可されている培養液を選んで、自分の責任の下に使用することになります。(当院ではアメリカのFDAの認可を受けている培養液を採用していますので、ご安心ください。)

日本では培養液に起因すると考えられる問題が起きた場合、研究用試薬を臨床に使っていた医者が悪いという理屈になります。問題を放置していた国は、責任を問われません。この現状っておかしいと思いませんか?私はおかしいと思います。でも、この問題、医師の間でも問題意識が希薄で、当面変わりそうにありません。残念なことです。