今回は演奏会の感想ではなく、別の話題を。
昨年(2018年)秋に開催された、第10回浜松国際ピアノコンクール(通称「浜コン」)(その記事はこちらなど)。
リブログ元の記事に書いたように、単に順位が発表されるだけではなく、今回(おそらく)初の試みとして、審査員ごとの詳細な採点結果が公表された。
本年(2019年)4月頃にネット上で公開されたのだったが、それを見てどう感じたか、記事にするようこのたびリクエストいただいたので、この機に少し書いてみようと思う。
公表された審査結果詳細は、以下の通りである。
以上、浜松国際ピアノコンクールのページより引用した(公式サイトはこちら)。
審査委員A~Kは名が伏せられているが、
小川典子
ポール・ヒューズ
ヤン・イラーチェク・フォン・アルニン
アレクサンダー・コブリン
ムーン・イクチュー
ロナン・オホラ
迫昭嘉
エリソ・ヴィルサラーゼ
ウタ・ヴェヤント
ウー・イン
ディーナ・ヨッフェ
の11名のいずれかである。
ところで、浜コンは、ショパンコンクールと採点方式が幾分異なるものの、Yes/Noのつけ方については同じだと私は思っていた。
しかし、どうやら違うらしい。
ショパンコンクールは、良いと思ったコンテスタントにはYesを、そうでないと思ったコンテスタントにはNoを、思いのままに自由につける、というやり方だったと思われる。
それに対し浜コンは、良いと思ったコンテスタントのうち、次の予選に進める人数分だけYesをつけ、それ以外のコンテスタントにはNoをつける、といったやり方のようである。
つまり、Yesの数に制限がある。
審査規定にそのような記載があるわけではないが、今回の採点結果をみるとその可能性が高い。
なお、この場合、リブログ元の記事に書いていた「Yesの割合の多い者同士の争いの場合、Noをつける審査員の影響力が相対的に大きくなる」ということが、今回の浜コンには当てはまらなくなるので、ここで訂正したい。
ともあれ、上の審査結果詳細を見て感じたことを列挙してみる。
1. 審査委員によって意外とバラバラ
私は、浜コンに限らず、予選結果があまり腑に落ちないことが多い。
今大会では、特に1次予選が意外な結果に感じた。
自分が良いと感じる演奏が、各審査委員のそれとだいぶかけ離れているのだろうか?
審査委員ごとに、Yesをつけた人のうち何人が次のステージに進めたのかを調べてみた(ここではこれを「正答率」と呼ぶことにする)。
1次予選では、
A 24人中14人(正答率58%)
B 24人中14人(正答率58%)
C 24人中13人(正答率54%)
D 24人中11人(正答率46%)
E 24人中16人(正答率67%)
F 24人中14人(正答率58%)
G 24人中12人(正答率50%)
H 23人中11人(正答率48%)
I 24人中14人(正答率58%)
J 24人中15人(正答率63%)
K 24人中15人(正答率63%)
となっている(平均正答率57%)。
この正答率は、高いのか低いのか。
ここで、私が審査委員の一人だと仮定する(素人なのにおこがましくてすみません)。
たまたま私も勝手に24人予想していたので(その記事はこちら)、その24人にYesをつけたとする。
するとエリザベタ・クリュチェレワもしくはキム・ジュノが2次進出となり(ここではクリュチェレワが進出したと仮定する)、代わりにポリーナ・サスコが降格となる。
すると正答率は、
A 24人中14人(正答率58%)
B 24人中14人(正答率58%)
C 24人中12人(正答率50%)
D 24人中11人(正答率46%)
E 24人中15人(正答率63%)
F 24人中14人(正答率58%)
G 24人中13人(正答率54%)
H 23人中12人(正答率52%)
I 24人中13人(正答率54%)
J 24人中15人(正答率63%)
K 24人中16人(正答率67%)
私 24人中11人(正答率46%)
となる。
審査委員の先生方は並外れて正答率が高いかというと、意外にも私のような素人と大差ない。
2次予選は、審査委員の正答率が50~82%(平均66%)なのに対して、私の正答率が50%であった。
3次予選は、審査委員の正答率が33~100%(平均70%)なのに対して、私の正答率が67%であった。
やはり、それほど大きな差はない。
正答率が高くないということは、審査委員ごとに結果がバラバラ、ということだろう。
審査委員の方々もきっと、多かれ少なかれ私と同じように「審査結果に納得がいかない」とのたまっているのではないだろうか。
ピアノの上手下手、また音楽解釈の良し悪しについて、全員の意見が一致するような絶対的な価値判断基準も当然あるにはあるだろうけれど、審査委員ごとの好みの違いも、無視できないくらい審査結果に大きく影響するものと思われる。
なお、比較のため2015年ショパンコンクールも見てみると、審査委員の正答率は、1次予選が67~86%(平均76%)、2次予選が42~83%(平均69%)、3次予選が60~90%(平均76%)であった。
浜コンの1次だけは約4分の1の人数に絞るので単純比較できないが、それ以外の通過人数はすべて約半数と共通しているので、ある程度比較可能と思われる。
ショパンコンクールのほうが浜コンよりもわずかに正答率が高い、つまり審査委員の意見がより一致している。
とはいえ、大きな違いはなさそう。
2. 1次予選でだいたい決まる
私は、1次予選で「これはうまい」と思ったコンテスタントを、最後の本選までそのままうまいと感じ続けることが多い。
また、いまいちと思ったコンテスタントの演奏は、最後まで好きになれないことが多い。
審査委員の方々は、そのあたりどうなのだろうか?
ファイナリストたちの、1次での順位を調べてみた。
1位:ジャン・チャクムル 1次では2位
2位:牛田智大 1次では5位
3位:イ・ヒョク 1次では5位
4位:今田篤 1次では10位
5位:務川慧悟 1次では18位
6位:安並貴史 1次では1位
6人中4人は、1次の時点ですでに6位以内に入っている。
つまり、審査委員の方々も、1次のときに受けた印象を、半分以上はそのまま最後まで持ち続けるということなのではないだろうか。
なお、比較のため2015年ショパンコンクールも見てみると、
1位:チョ・ソンジン 1次では1位
2位:シャルル・リシャール=アムラン 1次では2位
3位:ケイト・リュウ 1次では38位
4位:エリック・ルー 1次では4位
5位:イーケ・トニー・ヤン 1次では5位
6位:ドミトリー・シシキン 1次では37位
7位:小林愛実 1次では8位
8位:ゲオルギス・オソキンス 1次では7位
9位:シモン・ネーリング 1次では19位
10位:アリョーシャ・ユリニッチ 1次では20位
となっている。
10人中6人は、1次の時点ですでに10位以内に入っている。
浜コンと同様である。
3. 本選は接戦
本選も私には少し意外な結果だったが、審査委員たちの意見はどうだったのだろうか?
本選で1位に推した審査委員の人数を、コンテスタントごとに調べてみた。
ジャン・チャクムル:5名
牛田智大:3名
イ・ヒョク:2名
今田篤:1名
満場一致というよりは、接戦だったことが読み取れる。
やはり、審査委員全員が同じように感じたわけではなさそうである。
なお、審査委員CとKに至っては、当初は牛田智大を1位に推していたのに、よほど迷ったのか、チャクムルvs牛田の決選投票ではチャクムルに乗り換えている(乗り換えなかったとしても結果は変わらないが)。
なお、比較のため2015年ショパンコンクールも見てみると、
チョ・ソンジン:10名
シャルル・リシャール=アムラン:9名
ケイト・リュウ:5名
エリック・ルー:1名
ということで、こちらも接戦であった(なおこちらは同率1位もあるので、合計で審査委員数17名を超えている)。
以上である。
審査委員によって結果がバラバラで、1次の印象が概ね最後まで続き、そして本選は接戦。
これらのことから、審査委員との相性はきわめて重要な要素だということが、(当たり前のことかもしれないが)再確認できた。
一人でも多くの審査委員と相性が合えば、良い結果が期待できる。
良い結果が出なかったとしても、何人かの審査委員には支持されていた可能性があるし、別の大会ではうまくいくかもしれない。
今大会で私が最も気に入ったピアニストのソン・ユルは残念ながら1次で落ちてしまったが、本年11月に出場予定のロンティボーコンクールでは、ぜひ多くの審査委員たちとウマが合うことを祈っている。
ちなみに、リブログ元の記事で触れたような政治的な裏取引が行われたかどうかについては、今回の審査結果表からは判断できない。
とはいえ、少なくともこの表からは、ショパンコンクールと明らかに違うような怪しい点は特に見当たらなかった。
とりあえず、ほっと一安心である。
今後も、このような採点表公開をぜひ続けてほしいと切に願う。
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