大神神社に奉献された酒樽

 

 

日本酒は好きですか。私は大好きです。近頃特に好きになりました。純米酒、吟醸酒の、他の酒にはない澄んだ味わいに目覚めたからです。一口含めば目を閉じて「くぅー」ってなりますね。このところ日本酒のよさが海外で注目されているのも頷けます。新酒がおいしい季節になりました。

 

 

ところで、日本酒の神様をご存知ですか。お近くにあるかもしれません。その「総本社」的な神社が、奈良県桜井市は三輪の地にある大神神社です。驚くべきは、三輪の枕詞が「味酒(うまさけ)」であることです。三輪はすなわち「おいしい酒」の聖地なのです。

 

 

万葉集の丹波大女娘子(たにわの おおめおとめ)の歌を紹介します。

「味酒を 三輪の祝(はふり)が いはふ杉 手触れし罪か 君に逢ひかたき」

あなたに会えないのは三輪の神職が大事にしている杉に触れてしまったからなのでしょうか、という大意です。この聖なる杉については後述します。

 

 

■大物主の酒

 

大神神社

 

日本書紀崇神紀には、お酒の話がでてきます。「数災害有(しばしばわざわいある)」ことを憂えていた天皇に神託があり、大物主を祀ったところ疫病が止み五穀は豊かに実りました。「高橋邑(むら)の人活日(いくひ)を以て、大神の掌酒(さかびと)とす」「活日自ら神酒(みわ)を挙(ささ)げて、天皇に献(たてまつ)る」。高橋とは天理市櫟本(いちのもと)町付近とみられています。ここにいたイクヒという人が酒造責任者に任命され、天皇に酒を献上したのです。大神神社の境内には、活日神社が現存しています。

 

 

 

書紀によれば、宴会でイクヒは歌を詠みました。「この神酒は 我が神酒ならず 倭成す 大物主の 醸(か)みし神酒 幾久 幾久」。酒は私が造ったのではなく大物主が造ったのですよと。これが大神神社が日本酒の神様になった理由です。大神神社はお酒を造る神様を祀っているのです。

 

 

夜通し続いた酒宴のお開きを前に天皇は歌います。「味酒 三輪の殿の 朝門(あさと)にも 押し開かね 三輪の殿門を」。朝になったら社殿の戸を開いてお帰りなさいと。枕詞の「味酒」がここにも出てきました。この文脈だと、ぴったりの枕詞です。神社で酒を飲んで朝帰り。古代のほがらかな宗教世界が目に浮かびます。

 

 

さて、神酒の読みが「ミワ」であることにご注意しましょう。今は「ミキ」といいますが、古代は「ミワ」とも読みました。また、神のことも「ミワ」といいました。「三輪」とは神であり、酒でもあるのです。神と酒が同音になったのは、酒が神の精髄と信じられていたからだと思います。古代人にとって酩酊は不思議な作用だったことでしょう。いつもと違う別の自分になる。これは何かが憑(つ)いたと感じるのは自然です。酒によって神が憑依してトランス状態になるのです。また、三輪山の別称は「三諸山(みむろやま)」であって、「ミムロ」は酒の元、実醪(みむろ)とも同音です。三輪一帯は神と酒の音韻に包まれているのです。

 

 

■酒蔵に杉玉あり

 

 

桜井市の今西酒造(戸口に杉玉が見える)。

 

 

酒蔵の軒先に、丸い玉が吊り下げられているのを見かけます。スズメバチの巣ではありませんよ。杉の葉で作った球体です。これは大神神社の発祥で、杉玉、または酒林といいます。江戸時代に各地の酒蔵に広がりました。最近は酒蔵自前のものや業者に造らせたものが多いようですが、正式なものは、酒神の代表たる大神神社が「三輪明神・しるしの杉玉」と書いたお札をつけて各地に発送しています。良い酒ができますようにという祈りを込め、竹で編んだ籠に三輪山の聖なる杉の葉をぎっしり刺して作ります。大神神社の拝殿には、直径1.7㍍、重さ250キロの大杉玉が吊るされています。

 

 

杉玉は、酒蔵で毎年2、3月ごろに飾られ、最初は青々としていますが、しだいに枯れ色になってきます。色の変化は酒の熟成ぐあいと同調しているのです。緑色は新酒、薄くなった緑は夏酒、茶色は「ひやおろし」の発売を教えてくれます。色で味を表す、しかも自然に移ろう色で表わすというのは素敵ですね。

 

一休宗純(1394~1481)の詠んだ杉玉の歌があります。「極楽を いづくのほどと 思ひしに 杉葉立てる 又六が門」。京都には、室町時代に杉玉があったのですね。一休さんが住持を務めた大徳寺の門前に「又六」という酒屋がありました。一休さんは常連だったのでしょうか。古代人が「カミ」を見た酒に、一休さんは「ゴクラク」を見ました。

 

 

■醸造安全祈願祭

 

毎年11月14日に、新酒醸造の安全を祈る「醸造安全祈願祭」(酒祭り)が大神神社で開かれます。全国の酒造家や杜氏ら150人ほどが出席します。残念ながら私はまだ行ったことがありません。今年は土曜なのでぜひとも訪れたいと思っています。

 

 

宮司の祝詞の後、4人の巫女が杉の枝を手に神楽「うま酒みわの舞」を奉納し、活日神社にお参りします。境内では奉献された酒の一升瓶をずらりと陳列する全国銘酒展が開催され、振る舞い酒もあるようです。上戸垂涎の祭でしょう。拝殿の杉玉はこの前日に取り替えられ、各地の酒蔵用の杉玉は祭の後に発送されます。

 

 

■ウワバミの神

 

お酒をよく飲む人のことを「うわばみ」といいますね。「うわばみ」とは大蛇のことです。蛇が酒を飲んでいるところは見たことがありません。ヤマタノオロチが8つの頭でごくごくと飲み酔っ払って成敗されてしまった故事からきているのか、大蛇は酒飲みということになっています。その蛇、大神神社の祭神である大物主の化身でもあります。酒の神が蛇身であるというのは、面白いですね。いくらでも飲めるということでしょうか。

 

 

大神神社拝殿の手前に「巳の神杉」という樹齢400年の巨木があります。根に近いところに洞があり、大物主の化身である白蛇が出入りしたと伝えられていて、お酒と卵がいつも供えられています。蛇は卵も好きですね。

 

 巳の神杉

 

 

■今西酒造

 

日本酒の聖地、三輪にただ一つ酒蔵が残っています。今西酒造、創業は万治三年(1660)です。三輪山の伏流水をひいた田で酒米を作っています。銘酒「三諸杉」は、さわやかな飲み口でありながら味わい深く、このところ愛飲しています。奈良では人気の銘柄ですが、最近は大阪の居酒屋でも置いているところが増えてきました。JRまほろば線の三輪駅から徒歩3分のところに本店があり、駅前と大神神社の参道に販売店を設けています。

 

三輪山