ティミーの裏切り:前編 | ラスベガス的リタイアの法則

ラスベガス的リタイアの法則

在米30年をハワイと南カリフォルニアで過ごしたのちに、ラスベガスで始めた引退生活。ところが主人が悪性脳腫瘍に。ラスベガス大好き♡なヨメが、愛する主人のために古巣カマリオへ。
主人が天国に行き、ラスベガスに戻って来ました。時に泣きながら、一生懸命生きてます。

Hi everyone!

お元気ですか?

私が最も怖れているのはダニーですが、最もショックだったのはティミーでした。

ティミーとは主人が脳腫瘍だと診断される前、主人が体調を崩した頃から連絡を取っていました。だから発覚後も、何かあるたびに何はともあれティミーに知らせていたのです。

この1年ティミーはずっと力になってくれ、どれほど有り難かったことか。どれほど心強かったことか。

主人の入院中もずっと一緒に座ってくれたので、今後のこともいろいろ話ました。

主人は、自分が死んでも主人の遺族年金と家賃収入があるから、私が生活するには困らないと踏んでいました。私もそう思っていたんです。
ちなみに配偶者が遺族年金を受け取るには、市民であるのが条件です。永住権では受け取れません。私が市民権を取ったのもそのためでした。

追記:この情報は古いことが判明しました。詳しくは「ティミーの裏切り:後編」をご参照ください。

それが…。

主人の年金を遺族として受給してもらえるのは、私が60歳になってから。それを私が知ったのは、主人が逝く2週間ほど前でした。

もう主人にも相談できなかったし、ひとりで思い悩んでいたから、病室でティミーにもその話をしていたんです。当然、賃貸に出している家は私に遺してくれるという前提でした。

主人が息を引き取る前夜に、ティミーは主人に言いました。

「ワイフのことは心配しないでいいから。僕とメリッサが面倒みるから」

主人が最後の一線で踏ん張っていたのは、私のことが気掛かりだからだと思ったんですね。それを聞いた時は目頭が熱くなりました。

私が弁護士を雇おうと思った時、メリッサは、

「そんなことしなくていいよ。ティミーは今のままでいいから」

と言ったけれど、

「ティミーはよくても他の人はよくないかもしれないし、どんなに内容が古くても一応主人が作成したものだから、主人の遺志を尊重してあげたいし」

今思えば、あの時弁護士に相談してよかったと、心の底から思います。

ティミーと噛み合わなくなってきたのは、この後から。ティミーがまず気に掛けたのはダニーのことでした。

「オヤジはダニーにも遺してた?」

「アンタが欲しいって言ってた銃は、実はダニーにってなってるねん」

と言うと、

「いや、お金」

「お金は絡んでないねんけど」

「エッ⁈ 」

と一瞬無言になってから、

「レイチェルは大丈夫やし、アンタも大丈夫やけど、僕はもうIRA(引退用貯金)を崩さなアカン」

ティミーが「レイチェルは大丈夫」と言ったのは、レイチェルの夫ブライアンの親がお金持ちだから。
ブライアンの父親が数年前に他界して以来、母親は子供たちにお金をばら撒いています。ブライアンは3人兄妹ですが、この3人それぞれに母親は毎年クリスマスに日本円にして約100万円ごとプレゼントしているのです。
しかも孫8人には、大学費用としてそれぞれに約500万円ずつ用意する羽振りの良さ。びっくり

私は思わず、

「私は大丈夫ちゃうで。年金があと2年以上入ってけえへんから、それまでは家賃収入しかないって言うたやん!」

と声を大にして訴えました。

その時はそれで終わったのですが、翌日でした。

「賃貸してる家のことやけど、アレはダニーと孫とで分けるって聞いててんけど」

そこで私は、

「それは私が死んだら、の話で、今はそれも無効やねん」

「いや、レイチェルが50%をレイチェルが貰って、残りを孫とダニーで分けるって聞いたって言うてる。僕もそう思ってたけど」

エエーーーー?!ガーン

「ハァ〜ア? そんなことにはハナからなってへんで」

後になってレイチェルがトラストを斜め読みしたと確信したのは、実はコレで。

家ではなくて、トラストにも記載されていない細々としたものは、主人が2番目に死んだら(ということは私が先に死んだという想定の時)、レイチェルを筆頭に主人の子供に50%、残りが私(私は先に死んだという設定なのに、めちゃくちゃな内容。おそらく私の子供にという意味でしょうが)に遺す、という項目があるのです。

50%という表現があるのはここだけなので、レイチェルがザッと斜め読みして都合のいいように解釈したと勘ぐる所以です。

その後しばらくの間、私はレイチェルに悩まされていたので、
詳しいことはまた後日。

そんなこともそれほど気に留めていなかったのですが、私が独立記念日でラスベガスにいた時、ティミーから久しぶりに電話がありました。

主人がお世話になった脳神経腫瘍科の担当医の名前を聞いてきたのです。治療中は一切そんなことも聞かなかったので、「なんで今さら」とは思いましたが、深くも考えずに教えました。

ラスベガスからの帰り道に別件で、弁護士ザックのオフィスに寄りました。その時ザックが、

「マークとティミーから電話があった」

びっくりびっくりびっくり

青天の霹靂とはこのこと。ティミーはザックのことも知らなかったので、マークに電話して聞いたに違いありません。

「ティミーが、あなたは賃貸を売却したお金をどうするつもりかと聞いたので、知らないと答えましたが、もう誰とも話したらダメですよ。ティミーもマークも、誰ともです」

私は気が動転して状況もちゃんと把握できませんでした。

「2、3日前にティミーから電話があって、主治医の名前を聞いてきたんですが…」

これに対するザックの返事が衝撃的でした。

その前に、なぜ衝撃的だったかの伏線をお話しなければなりません。

カマリオに戻って来ても家が決まらず、主人がラスベガスに帰ろうかと言い出した時、私はカマリオにいる間に絶対にしておきたいことがありました。

主人の個人名義だった賃貸の家を、私との共同名義にすることでした。

「どうせあの家はお前のモンになるねんから」と主人は言ったけれど、私はどうしても「私が死んだら子供たちで分ける」という項目が気になっていたのです。

「私が死ぬのを待たれるのはイヤやもん」

そこでその時に共同名義にしたのです。

これでどうなったかというと、トラストでは主人の個人財産だった家が、トラスト作成後に個人財産ではなく共有財産になったので、トラストに記載されているこの家に関する相続内容は一切無効になったのでした。

実は共同名義にした時に私もそこまで考えていたわけではなくて、ただ「私が死んだら」な状況を避けたかっただけなのですが…。

長くなったので、今日はこの辺で。

遺産問題、まだまだフクザツなんです。滝汗

では、お元気で。

Have a nice day!

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