瀬戸内マリンビュー・2019 -⑥ | 安芸もみじ / Historys, Trains, Townbikes - Hiroshima JAPAN

瀬戸内マリンビュー・2019 -⑥


12月で運行終了を迎える、瀬戸内マリンビューです。

最後の運転予定日は12月1日、7・8日、14・15日、21・22日の7日間です。

12月の運転では、指定券を持っている乗客に限り、共催イベントがあるようです。



と言う記事を11月30日にUPする予定でしたが、ブログを病休してしまったので、瀬戸内マリンビューの運行は残り6日となりました。

メニエルも耳鳴りが治まれば、また瀬戸内マリンビューの写真を撮りに行きたいと思っていますが、最悪の場合はラストランだけかなぁ。

ちょっと残念ですが、こればかりは仕方ありません。



この車内の写真は、11月9日に尾道から乗車した時に、スマホで撮りました。

デビューした14年前と変わらない、美しい車内の様相は、この列車がJR西日本にとって大切な存在だったことが、うかがい知れます。

ただ、車内販売が無くなってしまったことは、とても残念ではありますけれど。



盧武鉉韓国大統領(当時)が『対日4大基調(新韓日ドクトリン)』を発表し、現在の険悪な日韓関係まで発展する"対日外交戦争政策"が始まったのが、14年前の2005(平成17)年。

日本国際博覧会"愛・地球博"が開催されたのも2005年でした。

また、M8.7のスマトラ島沖地震が発生し、死者が1,000人を超えたり、スマトラ島のメダン空港で、ジャカルタ行きのマンダラ航空のボーイング737が離陸して1分後に、住宅地に墜落して多数の死者が出ました。



ボーイング737と言えば、2005年は運輸関連による惨事が、とても多かった年でもありました。

カナダのトロント ピアソン国際空港で、エールフランスのエアバスA340がオーバーランをしての炎上、ギリシャ北部の山中にヘリオス航空のボーイング737が墜落、ウェスト・カリビアン航空の旅客機がベネズエラ西部で墜落、ペルー国営タンス航空のボーイング737がペルー中部プカルバ付近のジャングルに墜落など。

そして、4月25日 - 兵庫県尼崎市の福知山線(JR宝塚線)で脱線事故が発生し、運転士を含む死者107名、負傷者562名の『JR福知山線脱線事故』も、この年でした。




さて、こちらの写真は出入口ドアから見た指定席の写真ですが、14年前と変わらないものの。

当時は車販のアテンダントさんが2人、乗務されていました。

連結妻面の角にある小さな区画に、車販用の冷蔵庫などがあって、観光案内や記念写真の撮影の他、飲み物を席まで持って来てくれていました。



ここからは11月10日の撮影で、どこか海の見える場所で瀬戸内マリンビューを撮ろうと出かけたのですが、途中から雲ってしまって。

それじゃあ、備後赤坂駅とその付近で撮りましょうかと思っていたら、尾道駅に213系"La Malle de Bois(ラ マル ド ボァ)"を使用した、"ラ マル せとうち"が止まっていたので。

まさかの2回続けての、尾道駅となりました。



"ラ マル せとうち"と"瀬戸内マリンビュー"の並びを、せっかくのチャンスなので撮影しておかないと。

尾道駅から見える『尾道らしい風景』と併せて撮りたくて、発車の時に日本遺産・尾道水道の対岸に並ぶ、造船ドックの巨大クレーンをバックに入れてみました。

運転士さん、何か察してくれたのでしょうか、発車した加速を緩めてくれました。



私の前を運転室が通過した直後、再びエンジン音が唸り出し、加速して去って行きます。

この後、折り返して帰って来る時、今度は駅前にある戦前の古いビルを入れて撮ってみようと、駅を1度出て昼食をとりました。

尾道は江戸時代から商業と海運を中心に栄え、明治時代には備後地方の中心として、更なる発展を遂げて、市街地には官民の様々な近代建築が建てられました。


戦時中、尾道市街地は大きな空襲を受けず、戦後の備後地区の中心が福山に移った後は、狭い街路が入り組む複雑な町並みのため、再開発はあまり進んでおらず、古い町並みと共に多くの近代建築が、良好な状態で残っています。

中国新聞の看板がかかる3階建てのビルは、今も現役で使われており、1階は惣菜屋さんが営業されています。

また、画面右側で切れてしまっている、後ろのビルも、戦前に建てられたものです。




今回の記事は、瀬戸内マリンビューがデビューした2005(平成17)年という年を振り返ったので、愛知万博以外は重たい内容になってしまいました。

ついでに言うと、「カトリーナ」「リタ」「ウィルマ」といった、カテゴリ3~4のハリケーンが相次いで上陸し、アメリカで大災害の惨事となったのも、2005年でした。

そして最後に忘れてはいけないのは、2005年は1年が1秒長かった・・・・閏秒の挿入で12月31日23時59分60秒がありました。

▼本日限定!ブログスタンプ

プレママの時、気を付けていたこと教えて!

プレママの日


それがさぁ。

そんな経験ないのよ、男なんで。

でも、妊婦さんて大変だと思うよ。

余計な気は遣わないけど、それなりの配慮は絶対必要だと思っています。

鉄道ブログ
どくしゃになってね…ペタしてね
スマホの方もPCの方も応援お願い致します
ブログトップページ