長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

足技師(世間はそれを夏休みと呼ぶのですね…DV篇)

2018年08月05日 23時55分59秒 | マイノリティーな、レポート
 どう表現してよいものやら…私が夏休みの宿題の絵日記帳をつけてた時分の、今日の気温はせいぜいがとこ25度C、よっぽど熱い30度越えの日は、40日間のうちのニ、三日あるかないかの時代でしたからねぇ、そりゃー暑くてかないませんけど、人混みで、歩きながらいきなり立ち止まって水分補給なさるのは、やめてほしいもんですなぁ。あぶないあぶない。
 立ち飲みとか口飲みとか、ことさらそういう言葉があって、昔はビンやなんかの飲み口にじかに口をつけて飲むのは下品だからおやめなさい、と窘(たしな)められたものでした。殊に女の子には、ぁ、口のみしてる! と小学生たちは指をさしたものでした。ポカリ何たらが発売されたCMだったかなぁ、ペットボトルから直に、渇いたのどにゴクゴクッと飲むのが気持ちよさげで、あの頃から一挙に流行ったけれど、それ以前は眉を顰(ひそ)められる行いのひとつでした。

 いぇ、それ以前に、歩き“ながら”食べたり飲んだりするのは下の下…乞食がするもんだと言って、一般人でそんなことをする人はいなかったですなぁ、昭和の頃は。
 たぶん戦争で極限状態まで行っちゃったから、文明の先鋭化よりも文化的生活の実践、動物ではない人間のあるべき姿というものに、ことさら敏感、憧憬の思いが強かったのかもしれません。だもんだから、祭りの夜店というのは格別な存在感があったりしたわけです。
 …こう書くと改めて、いまの世の中のすさみように愕然としますけれども。

 夏休みになってから、バスや電車のシートの片隅にお菓子の包み紙が矢鱈と落ちてたりしてて、子どもたちの行儀の悪さというよりも、それを容認して頓着することのない親の顔を想像するだに、悲しくなります。
 あたりをはばかることなく、子どもを連れて大声で歩き回る親御さん方、各ご家庭で展開される日常の様子が、電車の中で平然と繰り広げられる、コントのような目の前の景色。ドメスティック・ビュウ、略してDV。
 会社のことを家庭に持ち込まないのが20世紀の一家の大黒柱たる男の矜持?いやニューファミリーのモットー?であるなら、ご家庭のことを社会に持ち込まないでいただきたいのが、21世紀の赤の他人の所感です。

 「なにさ、一人で大きくなったような顔しちゃってさ…」
 小津安だったか成瀬巳喜男だったか…1950年代の白黒の映画で、お姉さんだったか小母さんだったかが、よくこぼしていましたけれど。傍若無人って死語になっちゃったのかなぁ、と、このところ出掛けるたびに、そんな科白を想い出します。

 太陽がまぶしいせいか、ものすごく動物的、本能的な人が増えましたね。
 昔、奥さまは魔女のエピソードのひとつに、魔女狩りの中世にタイムスリップしちゃう噺ってのがあって、もう40年以前見たのにいまだに覚えてるんですけど…サマンサに、タイムスリップした先の、村の行き掛かりのおばちゃんが、あらっ、あんたどうしたのそんな下着で歩いてたら捕まるわょッって、ものすごい勢いで注意して心配してくれるシーンがあるんですけどね。
 その時の奥様のいでたちは、白い夏のノースリーブの当節流行のミニのワンピースで、背中が幅広のバイヤス布のクロスになってるバックスタイル(…よくこんなこと覚えてるなぁ…世の中の何の役にも立たない悲しき記憶力…)。ここは視聴者の笑いどころで、そんな前時代的なこと言っちゃって、と、当時の頭の固いオバサマ方を揶揄してるのもあったかもしれませんが。彼我の価値観のギャップに、みな一様にドッと笑います。
 そんなシーンを今更のように想い出すけれども、さらに現在は、その比じゃなく、気温に負けまいとするかの如く凄い露出度です。あからさまになって奥ゆかしさがない。立ち居振る舞いがもう、人間じゃなくて動物です。景色を除いて人々の姿だけ見ると、街中の交差点じゃなくて、ビーチだったりプールサイドだったりします。

 何だったかなぁ…これまた「アタシ、脱いでもすごいんです」って品性のかけらもない言葉がCMに出てくるようになってからでしたか。体で勝負する=身体を売るのは最終手段で、人間の尊厳、お金のために自分の誇りを捨てるというそんな前時代的な目に遭いたくないから、女性たちは何とか手に職をつけて自分たちの存在意義を勝ち取りたかった。
 最終兵器的な肉体にものを言わせる労働から解放されて、「脱がなくてもすごい人間」というものを目指していたのに、バブル期で、すべての努力は水の泡になってしまいましたねぇ。

 人間としてどうあるべきか、という哲学は廃れて、快楽主義、享楽に走ったのですね。文化的なことをして自分の内側を高めたいということはなくなって、ていのいい見掛けやスタイル、上っ面を整えることに終始し、おいしいパンやスイーツを求めて三千里、何を買ってどこに行って何を食べて今日は満足、という刹那的な。結局、一億総成金状態。

 子ども向けのミュージカルで、メアリーポピンズだったでしょうか…映画の中で、絵にかいたような銀行家が出てきて、利益という言葉がすべてに優先する、という科白は笑いどころだったのだけれど、今じゃジョークでもなんでもなく、本気でしょう、皆さん。

 なにはともあれ、いくらなんだって周りに気を配るのが、人間が密集した都市部で生活するものの最低限のたしなみってもんです。「公衆道徳」をヨコ文字にすると、なんていうのかしら。横文字にすれば皆が気にするようになるのかしら。

 そんなわけで、自分の行儀の悪さを、お天道様のせいにしちゃぁいけませんぜ。

 そーいやクマさんや、行儀という言葉も死語になったねぇ。
 ちょきいて、今日、目の前で起きた能楽堂での出来事を、そっくりそのまま言うぜ。
 正面席上手側通路から左の列の席に座ろうと、列の一番端の人に、スミマセン、失礼します~と声を掛けたと思いねぇ。
 60~70代とおぼしきかなり自由な服装をなさったその老紳士は、なぜだかとてもたくさんの荷物を抱えて立ち上がった。その手からゴロンとヘルメットが転がり落ちた。あらまぁ、拾って差し上げようと私が手を伸ばしたその瞬間、紳士の足がヘルメットを私の反対側へ蹴飛ばした。ヘルメットはヒュン…と飛び老紳士の左隣の席に座っていた二人ばかし先の客の足をヒットした。傍杖じゃなくて傍ヘルメットってやつ。
 いやーーーー、びっくりしたよねぇ。あまりのことに面喰い、呆れ仰天しつつも、失礼します、といって、自分の席に進んだら、その老紳士が一言、跨げばいいじゃない、とのたまった。

 な、な、な、なんですと!!マタゲバイイジャナイ??? 跨げばいいじゃないですと!?
 はぁぁぁぁ!!?? 日本人はね、物をまたいではいけないと、教育されて育つもんなんですょ。
 あんまり呆れたけど、負けん気の強い私だものだから、とても黙ってはいられず、
  それはちょっと、なかなか跨げないですよね、
 と言ってはみたけれど、私のこの呆れ果ててものも言えないというような気持ちは、先の老紳士には通じなかったでしょうねぇ、物が言えたんだから。(まぜっかえしたくはないけれども)

 そいえば驚天老紳士の類例ですが、想い出しました、恐怖の映画館での体験。
 もう25年以前、白山の今は亡き三百人劇場で中華電影(中国映画)大特集があって、何回か通ったある日のこと、映画が始まってから遅れて入ってきたやはり老紳士が、暗闇の通路の中で席を探すのに、ジッポとおぼしきライターで、カチッカチッと、何度も火をつけながら歩いてきたので、もう本当にびっくりしました。
 その当時はフィルム上映でしたから、映画館で直火をつけるなど言語道断です。もう本当に、炎の陰に浮かぶやや猫背の老紳士は、かのスクルージにそっくりで、生きた心地がしませんでした。ここで火事に遭って焼け死んだらどうなるんだろう、非常通路はどこだったかしら、まず連絡が家族に行くのだろうけれど分かってもらえるのかなぁ…へんな服着てなかったょね…救急車で運ばれた場合の最寄りの病院って順天堂かなぁ、いや東大病院があったっけ……とか、例によって勝手な連想に脳内は占拠され、観てた映画とは全然別の想像をしてしまい、気が散ること甚だしく、ほんとうに迷惑しました。

 無茶苦茶な人って、ときどきいてはりますね。

 能楽堂の見所で、そういう呆然とする目に遇っての帰りの電車は空いていて、はす向かいに座った壮年の紳士が、物凄い顔をしてスマフォと睨めっこしていました。細かい字を読むのに目の焦点が合わなくて目を細くしてたらそんな顔になっちゃったのでしょうけれど、陰腹でも切ったんですかぃ? と声を掛けてあげたいほど苦痛に歪んだ苦り切った顔だったのだ。隣りに奥さんらしき方が座ってらして、注意してあげればいいのに、その方もスマフォを見るのに余念がないのでした。
 どうなっちゃったんでしょうねぇ、まったく、日本国の住人たちは。

 正しい足技というのは、一角仙人やら、鳴神上人を籠絡しようとしたかの雲絶間姫のチラリズム、そういう足技であってほしいものでございますな。

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