新卒で入った会社でお世話になった上司が亡くなった。
その会社には6年間しか在籍しなかったが、辞めた後もその上司とは交流があった。
しかし、ここ最近の10年間はなかなか会う機会がなくご無沙汰していたら、友人からその上司の残念な訃報が届いたのだった
わたしは喪服をタンスの奥から取り出し、お通夜の席に参列した。
葬儀場の祭壇中央に生前の上司の笑った顔写真が飾られているのを見て、胸が締め付けられ、手を合わせて深くお辞儀を繰り返した
焼香後、通夜振る舞いの席に移動。
そこにはむかしの同僚たちの顔があった
何人かを除いては、ほぼ退社してから会っていない人ばかりだ
「滝沢じゃないか、久し振りだな」
誰かが声をかけてくれたが、顔を見ても名前を思い出せない。
30年も月日は経過しているのだ
笑って会釈する
「滝沢さん、変わってないですね~」
違う人がまた声をかけてくれたが、やはり誰だかわからない。
何故かわたしは昔と変わりがないらしい
30年経ってもすぐにわたしとわかるようだ
「滝沢さん、こっち」
知っている顔がわたしを手招きしている
彼は一つ後輩の高岡だ
「高岡、あの人誰だっけ?」
「小谷ですよ」
「あー小谷かー」
髪の毛がなくなっていたのでわからなかったが、確かに小谷だ
「あの人は?」
「何言ってるんですか、島田さんじゃないですか」
「あー島田さん!」
名前を聞いて昔の顔が蘇る
島田さんと言えば、新卒一年目で最初の上司だった人だ
改めて挨拶し、会話をすると30年間もの時が解凍されていった
そんな調子で名前と顔の照合作業が続き、想い出すと何とも言えないノスタルジックな世界に引き込まれていくのだった
みんな昔は若かった。そしてかなり歳をとった。
タイムマシンで過去にやってきたというよりは、30年前から未来にやってきた感覚だ
それにしても……
先ほどからわたしの隣に座って、一番親しげに話し掛けてくれる人は一体誰なのだろうか
本人に直接訊く勇気はない
高岡はわたしの目の前の席にいるが、まさか本人のいる前で「この人だれ?」とは言えなかった
「みっちゃん元気?」
みっちゃんとはわたしの妻の愛称である
「滝沢ってさ、宝くじ当たったってホント?」
全くのガセネタだが、昔そんな噂を流されたことがある
隣の彼はわたしに詳しい人間だった
それなのに思い出せない
このすっきり顔で痩せ細った体の彼は一体……
向こうの席から一人の女性がやってくる
顔を見てすぐに誰だか想い出した。
同じ部署だった伊藤せいこさんだ
30年前は仲がよかった
「せいこさん、懐かしすぎるよ~」
「滝沢ちゃんも元気だった?」
彼女は夫婦で同じ会社で働いていて、旦那の伊藤さんとも同様に仲良く遊んだりしていた
そう言えば旦那の姿が見当たらない
「あれ?旦那は来てないの?」
わたしがそう言うと、一瞬その場の空気が凍りついた
はてなマークを頭につけていると、高岡が「滝沢さん」と言いながら目配せをしている
その目はわたしの隣を指し示していた
隣を見ると例の彼が自分の顔を指差している
なんと、隣の正体不明な彼が伊藤さんだったのだ
「滝沢、一体いままで誰と話してたんだ?」
30年前の伊藤さんは顔も体も丸々と太っていて
メガネもしていた
隣の人とは似ても似つかない全くの別人だ
「30年って怖いっすね~」
※登場する人物の名前はすべて仮称です