ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

兼題は〝残暑〟

2019年08月17日 | 俳句

 昨日は、本来なら〝台風一過〟の見事な青空が見えてもいいのに、なんとも雲の多いどんよりした天気。僅かに青空があるものの、なんと心許ない色だこと!湿度も高くって…台風後のさっぱり感が大好きなのに、ザンネン!

 〝台風〟は秋の季語。その昔は〝野分〟(のわき)といって、やはり秋の季語になっています。

  颱風の波まのあたり室戸岬          高浜年尾

  丹波路やまだ夜を翔ける野分雲        飯田蛇笏

 「室戸岬」は高知県、「丹波路」は兵庫県から京都府への道…とすれば今回の台風10号の進路に当たりますので、さしづめこのような感じだったのでしょうね。

 私は、午後から俳句教室でしたので会場へ。兼題は「残暑」、立秋が過ぎてもなお残る暑さをいいますから、初秋の季語です。

  伶人のやどりにのこる暑さかな        与謝蕪村

 ちょっときわどい句だと、私は思いました。なぜって?それは〈のこる暑さ〉が、〈のこる〉と〈暑さ〉を切り離しても考えられるからです。分けて考えれば、これは「暑さ」が季語となって、夏の句になりますからね。そこで気になるのは「伶人」の意味でしょう。これが分らなければ解釈も鑑賞もないのですから。伶人とは、〝音楽を奏する人〟のこと、特に雅楽を奏する人です。だとするとこの蕪村の時代ですから、神道などに携わっている人で、ある意味宮廷官吏などの教養人であると思われます。

 そう考えると、品位ある礼儀正しい人が泊ったと思えば、その人が泊っているというだけで涼しげに感じるはず…それなのにやっぱりまだまだ残暑が厳しいことだなあと、蕪村は思ったのでは?

 夏だったら単純に人がいるだけで暑苦しいですよね。もしそれが髭が生えたようなむさ苦しい人でなく、伶人のような涼やかな人であっても。だからここはやはり秋になっての〈のこる暑さ〉だったのでしょう。

 今日は、また今から句会です…あ、そうだ、その前に義母を連れて病院へも行かなくっちゃ。わあ、忙しい!では今日はこれぐらいで。

 写真は我が家の〝野萱草〟、やっと咲きました。晩夏の季語ですが…もう季節なんかどうでも、という感じですよね。この先どうなっていくんでしょうか。

 


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