「笑い=『笑いのフォーマット』に突っ込みたい気持ち」
…の立場から考えてみました。
【注:セリフはメモしたものから再現しているので正確ではありません。】
□□□□□□はじめに□□□□□□
2018年10月~2019年3月、
NHKEテレで『ろんぶ~ん』という番組をやっていました。
ロンブー田村淳さん司会で色々なジャンルの論文を紹介するという内容で、
♯1では「漫才」をテーマにした二本の論文を解説していました。
□□□□□□身体ノリ□□□□□□
一本目は、
『漫才、コントにおけるツッコミ役のパフォーマティブな気づき』という論文。
滋賀県立大学人間文化学部教授の細馬宏通さんが、
「人間行動学」の立場から、漫才における身体の動きを分析していました。
その中で、
「笑いがもたらす情報・情動・同調に着目したインタラクションの時空間的分析」
???(^_^;)???
…の一環として、
サンドウィッチマンの漫才、コントを客ありと客なしで検証。
その中に、
ツッコミに特徴的なある動きがあり、
その動きに、
「身体ノリ」
と名付けていました。
「ハンバーガーショップ」でのやり取り……
客:「ビッグバーガーセット…」
店員:「ビッグバーガーを1000個…」
客:「業者か!何処に売りに行くんだ、これ仕入れて!」
店員:「では厨房の方、振り返ります。」
・・・(1.1秒の『間』)・・・
客:「注文繰り返せよ!何があったんだ厨房で!」
「注文の方を繰り返します。」を、
「厨房の方を振り返ります。」
とボケている訳ですが、
それにツッコむ前の1.1秒の間に、
いったん体を観客の方に向けてから、
振り向いてツッコんでいます。
この観客の方を向く一手間が「身体ノリ」。
要するに、
「ボケに気づくまでの演技」
です。
なるほど、
ボケにすぐツッコミでもいいはずですが、
わざわざ「身体ノリ」を入れるという事は、
何らかの効果が期待出来るのかも知れません。
ちなみに、
客なしの場合には「身体ノリ」は減少。
観客を意識すると「身体ノリ」が増えるようです。
□□□□□□身体ノリ役割1□□□□□□
では、「身体ノリ」の役割って何でしょう?
番組では、
「ツッコミだけが先にボケに気づくと、
観客がおいてきぼりになるので、
『何か起こったぞ!?』という時間を作り、
観客と一緒にツッコめるようにするために行う」
といった内容の事を言っていました。
観客がボケを咀嚼する時間をつくり、
ボケのディスコミュニケーションが充分に醸成され、
観客が「笑いのフォーマット」として感受するタイミングに合わせて突っ込む、
という事ですね。
つまり、
< 基準 >:「注文の方を繰り返します」というべきにも拘わらず
< ズレ >:「厨房の方を振り返ります」と言う
<ツッコミ>:「注文繰り返せ!」「厨房に何かあんのか?」
…という提示された「笑いのフォーマット」を、
実際に観客が感受して、
「笑い」=「突っ込みたい気持ち」になるタイミングに合わせて、
一緒に突っ込む訳です。
前フリが無いので、
観客に咀嚼する時間を与える事は効果的だと思います。
ただ実際は、
ボケを見てすぐ、1.1秒の間に多くの観客は笑い始めていたので、
タイミングを見計らうのは難しそうです。
□□□□□□身体ノリ役割2□□□□□□
さらに番組では、
トレンディエンジェルの漫才でも検証。
たかし:「成績悪くてオール2だったんですが、斎藤さんはどうだったんですか?」
斎藤:「僕はオールバックでしたから。」
たかし:「髪形聞いてないですよ!」
ツッコミのたかしさんも、
いったん正面を向き、
その後ツッコんでいました。
ただし、
「間」はほとんどあけず、
その代わりに、
軽く頷く動作をしていました。
たかしさんの意見は、
「意識はしてない。頷く事でボケに驚いている感じが演出出来るんだと思います。二度見するような感覚です。」
「間」が無いという事で、
ディスコミュニケーションの醸成はありません。
「ボケに驚いている感じ」、
つまり、
「思い込みの間違い」があるかのように演出している訳ですが、
ツッコミの人が「思い込みの間違い」を演じたからといって、
その事によって、
実際に「観客」に「思い込みの間違い」の笑いが成立する訳ではありませんね。
もちろん、
ボケに気付かなかった人に対しては、
「ツッコミ」によってボケに気付かせる事で、
「思い込みの間違い」を成立させるという効果が期待出来るので、
それまで演技をする事に意味はあります。
ここまでは、
「ボケ」の作り出す「笑いのフォーマット」に対する、
「身体ノリ」による貢献の話です。
□□□□□□身体ノリ役割3□□□□□□
そうではなく、
「身体ノリ」自体が「笑いのフォーマット」を作り出す事も考えられます。
まず、演技ではないと想像してみて下さい。
「二度見」って、
それ自体がおかしいでしょう。
人の「素」の「二度見」って、
マヌケですよね。
「二度見」って、
「一度見」だけでは完全には理解出来なかったって事ですよね。
一度で気付くべきなのに、
すぐには気付かなかった鈍さ、マヌケさにディスコミュニケーションを感じるという事でしょう。
< 基準 >:一度で気付くべきにも拘わらず
< ズレ >:すぐには気付かない
<ツッコミ>:「いや、分かるやろ!」「遅いわ!」
観客が穿った見方をしなければ、
この「笑いのフォーマット」を感受して笑う事もあるかも知れません。
□□□□□□身体ノリ役割4□□□□□□
まぁ、もっとも、
観客も演技だという事は理解しているでしょう。
では、
演技と理解している場合は、
どんな笑いが考えられるでしょう?
サンドウィッチマンのケースでは、
「1.1秒の『間』」に「緊張の醸成」の効果があり、
ツッコミにその緊張を「緩和」する効果がある、
…とも言えそうです。(過去記事で『テンションリゾルブ』と説明)
< 基準 >:ボケへの対応のペンディングによる緊張
< ズレ >:ボケへのツッコミによる緊張の緩和
<ツッコミ>:「早くツッコめや!」
これは、
ボケの効果であると同時に、
「身体ノリ」によるツッコミの一時的な不作為が作り出す「笑いのフォーマット」です。
□□□□□□身体ノリ役割5□□□□□□
さらに、
トレンディエンジェルのケースの様に「間」が無い場合でも、
頷く演技をする事で、
観客に「演じている」「演出である」と感じさせ、
その演じる事自体をディスコミュニケーションと感じさせる効果も考えられます。
< 基準 >:ボケる事を知っているにも拘わらず
< ズレ >:ボケる事を知らない振り
<ツッコミ>:「わざとらしいわ!」「知ってたやろ!」
もっとも、
この「笑いのフォーマット」は、
基本的に全ての漫才のツッコミに成立するはずです。
全ての漫才が予定調和である事を、
観客は理屈の上では理解しているはずですからね。
ただ「身体ノリ」の場合、
観客の方を向く事でわざわざ演技を見せている訳で、
その手間をかけてまで演技を見せる「わざとらしさ」に対して、特に、
強くディスコミュニケーションを感じるのではないでしょうか。
ちょっと強引に絞り出してみましたが、
「身体ノリ」の役割としては上記のような「笑いのフォーマット」が考えられます。
人によって重軽は違うと思いますが、
これらの効果が総体的に「笑い」に結び付くのだと思います。
□□□ロボットの即興漫才□□□
二本目の論文は、
『Generating Funny Dialogue between Robots based on Japanese Traditional Comedy Entertainment』(漫才ロボットにおける面白いネタの作り方)という論文。
甲南大学知能情報学部教授灘本明代さんが、
データ工学の立場から、
漫才のボケを分析していました。
……長くなるので、以下次号。。。
m(__)m
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