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(yottin blog)

荒波人生 昭和21年夏 長野で

2019年12月10日 16時33分41秒 | 小説/詩

長野の伯母さんは子だくさんで三男三女いる

長女は父より一歳年上で既に県庁職員と結婚して家を出ている

次が次女で父より一歳年下、これが父の許嫁だった佐知だ

長男は随分と頭が良いそうだが、国立大学受験に失敗して浪人中だという 

伯母さんの頼みというのは、この長男光顕(みつあき)を東京に

つれて行ってほしいと言うことだった

信州の国立大学を失敗したが志は高く、次回は東京の一流大学を目指したい

と言うことだった、そのためには信州の田舎より東京に出て

受験の勉強をした方が良いだろうと父親が言ったからだった

しかし肝心の光顕は、父から見ると、おとなしくて煮え切らないような性格

に見えた、親の言うことには従うけれど本人の思いが少しも伝わらない

というより父と話そうともしないのだ、何か聞いても「はい」としか言わない

神経がか細すぎるのだ、だが頼まれた以上断れない父の性格だった

話しが決まると伯母さんは「いろいろ支度もあるから3日ほど時間がほしい

その間、かずさんはここに泊まって長野見物でもしておいでなさい」

さすがにお江戸育ちの伯母だけに有無を言わせない強いものを感じる

風まかせの人生を送ってきた義父や叔父さんとは姉弟といえども

苦労の度合いが違うと思った、俺と似たような人生を送ったんだろうなと

父は思うのだった

 

そんなわけでしばし命の洗濯を決め込んだ、翌日には次男が父を

長野から近い野尻湖というところに連れて行ってくれた

ここでボートなどに乗って遊んだけれど、次男が言うには、ここから

数十km行けば日本海に出るということだ、だが次男はまだ海というものを

見たことが無いという

野尻湖も広いけれど松本の向こうにある諏訪湖ははるかに大きい

そこには行ったことがある、海は諏訪湖よりもっと広いと聞いたが、どの

くらい広いんだろうか、かずさんは東京に居るから海は見るだろ」

父は、海を見たことが無い人間が居るのかと思って驚いたが、考えて見れば

祖祖母のシチも、祖母も一度も海を見ないで栃木で育ち、茨城古河で死んだ

事を思い出した

そして日本海は自分自身も一度も見たことが無いのに気づいた

太平洋は品川で毎日見ていた、正確に言えば東京湾だが・・・・・

その日本海の越後だか越中だか知らないところが自分たち母子を捨てて

出て行った実父の故郷だと聞いたことがある

長野まで来て初めてそれを実感したのだった、それは東京で一緒に

暮らした母と井川の兄妹を失った寂しさが、腹は立つけれど血を分けた

人間がまだこの世にいることを気づかせたのだ

初めて、実父とその一族、そして実父の故郷を意識した瞬間だ

 

「甲斐の武田信玄は、このあたりまで攻めてきたそうだ、信玄も僕と

同じで若いときは海を見たことがなかったんだろう、きっと越後の海まで

行きたかったんだろうな?」

次男がポツリと言った。 この子は兄とは全然違うタイプだ、妙に落ち着いて

いて物怖じも人見知りもしない、かといって人なつこくも無い

彼は高等学校を卒業した後、家を出て行って行方不明になってしまう・・

 

そして支度が調った3日後、父と光顕は汽車に乗って東京に帰った

光顕は父と同じ部屋で暮らすことになった、宿だから二人で寝ても少しも

狭くは無い、それよりも父の仕事が忙しくなり、調布で寝泊まりすることの

方が多くなった、それで光顕が一人で若狭屋に居ることが多かったのである

静かに勉強させようという父の気遣いも少しはあったのかもしれない

 

父が調布でぶらついている時のことだった、アメリカ兵が二人で日本人の

若い女性に絡んでいるのを見た

女性は気丈なのか叫ぶことも無かったが、明らかにまわりに助けを求めて

居るようだった、このような進駐軍の狼藉はたくさんあったようだ

しかし周りに居る日本人の男たちは誰も停めようとしなかった

何しろ奴らは180cmもある大男が二人だ、武士の町人切り捨て御免では

ないが何かの拍子に撃ち殺されたり殴り殺されるかもしれない

そこが戦争に負けたものの辛さだ、極東軍事裁判でも一方的に日本と

日本軍の責任と罪を裁いたが、連合軍の非人道的な悪行を問い返す場面も

あった、けれど「この裁判は勝者を裁く裁判では無い、勝者が敗者を裁く裁判だ」

と一蹴されたとか・・・・

そんなご時世だから父もいったんは二の足を踏んだのだ、しかし「義を見てせざるは

勇なきなり」父の性格では見過ごせない、尻込みするような腰抜けでは無い

三人のところにすっと近づいて、米兵を見上げて声を励まして言った

「My Sister」そう言って指を指して彼女の手を取った

アメリカ兵は肩をすぼめて去って行った、彼女は父に礼を言った

これがきっかけで彼女との縁が出来たのだけれど、何という偶然か

先輩の遠野兵長とも彼女は知り合いだったのだ

複雑な恋の糸がもつれはじめた

 

 

 

 

 

 


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