特別な自分という幻想【アトピー講座上級レポート】 | 子育てママの心を照らす 運河駅のサロン〜with ease in 流山

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流山市で、特に子育て中のイライラに効く、
おうち整体の施術と指導、ここセラ講師をする
たかはしくみ(くみちゃん)のブログ。

ママが自分自身で心と体をメンテナンスできる、
”生き方アップデート”のノウハウを授けています。

本日はアトピー上級講座4日目の生徒さんがいらしていました。


講座中「自分の持つ能力を
正当に評価し、
他人と比較しないワーク」を
やる時間がありました。
しかしその方はじめは上手く書けず…。
「自分の持つ能力」を
書き出していくのですが、
筆が進まないのです。


何故か?と少し掘り下げて話をしました。


もう、初級(2日)と進んで
上級(4日)のラスト
(しかもその方は基礎コース6日分も
受講済、自分に向き合う事から
逃げずにスムーズ)ですから、
いろいろなワークを重ねて
お互い深い話をしたり、
考えグセの傾向が分かったりして、
問題を紐解く力もついてきているのです。


そうしたら、
「特別な自分だけのもの」
見つけようとして、
それを「=自分の能力・できること」と思っている人なんだと気づきました。


例えば、
・「料理が人より上手」
→能力として書ける。
・「テキストが読める、会話が成り立つ」
→特別じゃない、誰でも出来るから、自分の能力とは言えない。→書けない。
こんな風に、無意識に選別していたのですね。


それは、「一番でないと意味がない」と無意識に思っているから。
そういう人が「オンリーワン」を目指して「自分探し」の旅をしてしまいます。




それは違うんですよ。
特殊でなくても、
一番でなくても、
秀でていなくても、
それはあなたの持つ能力で、
その集合体があなた。
他のどこにもいない、
あなたという存在。


少し欠けていたり、
出来なかったり、
完全でない部分、
逆に得意な事、
能力も持っていて、
全てひっくるめ、
そこから滲み出してくるのが、
あなたらしさです。


特別じゃない、誰でも出来る事だから…と無視しないで、自分が持っている能力を評価してあげてください…


という解説をしました。


そもそも、
「会話が成り立つ」って当たり前…と
スルーしてますけど、
凄いことなんですよ。
意図が汲める、それに対し、答えを返す。
実は難しくないですか?


そして、あなたの周りにいる人は、
滲み出てくる
自然な「あなたらしさ」に惹かれて
集まっているのであって、
ナンバーワンの何かを

持っているから
惹かれている訳じゃない
です。


自分の友達や知り合いを
そんな風に選ぶかどうか考えたら
分かりますよね。
中にはそういう人も
いるかもしれませんが、
特殊な例でしょう。


そのようにお話していくと
すごく感じるものがあったようで、


「まさに、10代で終わらず

今まで自分探しをしている感じがあった」


「なんか、肩の力が抜けるというか、そうか…って納得した。ずっと苦しかったのはそういう訳だったのかって」


「特別な自分」幻想によって、
特別だと思いたい自分を
逆に卑下してしまう結果になっていた。
それって、やりたいこととは
正反対の方向だった…と
気づいてもらえたようでした。


今持っているものを
ただ大事にすることが一番必要で、
人より秀でる能力は
その先に自然についてくるものです。
無理に探したり作ろうとしたものは
単なるメッキです。
そしてそれを武器や鎧にすると、
摩耗していくように感じます。


子育ても同じこと


また、お子さんに対して
あれも、これもと
求めてしまう人も、
この事に気づいてほしいのです。


子どもが世の中を
渡っていく時に必要なのは
「なんでもこなせる器用さ」や
「人より優れること」
でしょうか?


自分が子どもだった時の友達は
「忘れ物ばっかりしてるけど明るい」
とか、


「算数苦手だけど、
代わりに国語は得意で
異常に漢字に詳しい」
とか、


「勉強はだめでも、
優しくて喧嘩をしない」
とか、


「お調子者でいつも踊ってる」とか、


欠けてる部分ごと
「その人のキャラクター」として
愛されていたり、
クスッとさせられたりする人では
なかったでしょうか?


人より秀でることで気持ちいいのは
自分ひとりです。

劣っていて、苦手なことを
誰かに助けてもらったら、
役に立てたということで
その誰かも、助けてもらった自分も
嬉しい
ですよね。


本当に子どもを強く、幸せにする考え方は  

後者ではないでしょうか。

苦手な面ごと自分を認めてあげられたら、   

どこに行ってもやっていけます。


優れることに拘る価値観は、
自分も相手も苦しくしてしまうものかも  

しれません。


あ、もちろん自然に向上心を持って
より良くなりたい…と願うのは
素晴らしいことです。
承認欲求を満たしたいがために
能力が必要だ!と追い求めるのは
順番違わない?…という話。