(「働かないの」 群ようこ「れんげ荘シリーズ」第2作
若くして仕事に燃え尽きたキョウコは貯金を食いつぶして何もしない毎日だが・・)
個人面談のスロットは6枠、私の面談担当者は40代半ば位の女性であった。
女性「ゆるふわさん、38年間〇〇社にお勤めだったんですね~。それでデスクワークは・・・」
ゆる「ええ、もうゲップが出そうなので(陳腐な表現)、やりたくないです」
女性「おほほ。資格は・・・」
ゆる「何もないです(きっぱり)」
女性「あら囲碁がお強いんでしたら、インドアで囲碁教室の講師なんかいかがですか」
ゆる「いえ、へたくそですし、初心者に教えたりするのは性格的にできないです(さっきのお年寄りたち
の質問聞いててイヤになったんだよ~)」
女性「ご希望は週1回3時間程度ですか。なにかご事情でも」
ゆる「まあ、いろいろありまして(つまり、「れんげ荘」のキョウコです)」
女性「そうなると皆さんとローテーションでやるようなお仕事は難しいですね。なおかつ野外の仕事と
なると、企業や公共施設の敷地清掃ですかね。落ち葉とったりほうきかけたり、比較的軽易な作
業ですよ。不定期で結構引き合いがあるんです」
う~む、私は悩んだ。仕事自体は楽そうだし(多分落ち葉の季節限定)大して抵抗はない。
気になるのは世間の目だ。
仮に私がよく通う図書館の前でイチョウの葉を集めていたとする。そこに近所の奥さん連中がやってきて、私はあわてて目を伏せるがしっかりと見咎められる。
「ちょっと、ちょっと。あそこの目つきの悪い人、ゆるふわさんじゃないの?」
「そうよ~。あんなアロハ着る人は滅多にいないからね。いったい何してんのかしら?」
「おカネよ。おカネ。結構おカネに困ってんじゃない? しょっ、ちゅう安い日本酒やワイン買ってるし」
「そういえば、この辺最近空き巣が多いんですってよ」
「あ、やだ。イヤらしい目でこっち見てる。気がつかないフリして行っちゃいましょ」
私はこのような風評被害(?)が心配なのだ。
まあ、あまりに家に近い所の仕事なら断ればよい。とりあえずは仕事があれば連絡を貰うことにして面談と申請を終了した。
ゆるふわ61歳と4か月にして掃除夫の道に進む。
しかし時々舞い込むという敷地掃除をひとり黙々とこなすことが、果たして所期の目的である「社会的なつながりを保つ」ことにつながるのだろうか。
もうひとつ釈然としないまま会費を納め、写真も撮り終えた。撮影係の人もことによると「趣味=写真」
の会員さんかもしれない。
最後に「安全就業必携ハンドブック」なるものを渡された。中に会員証をはさめるようになっているので、シルバー人材センターの仕事をやっている時は必ず携行してください、とのこと。
(全27ページにわたってカラー刷りで愚にもつかないことが書かれている)
この手のヤツは本当にたちが悪い。
明らかに税金の無駄遣い、つまり印刷利権だが、「お年寄りの安全対策には万全を期しております」というエクスキューズも兼ねているからワーワー指摘されることもない。
なんだかなあ、と思いつつエレベーターホールから会場を見ると、いまだに誰一人として会費納入までたどり着いていない。順番待ちのお年寄りですし詰めの会場内は香水や線香、湿布薬、煎餅、加齢臭その他の匂いが立ち込めて、その瘴気のようなものが廊下にまで漂っている(私の心象風景です)。
下りのエレベーターに乗り込む時、不謹慎ながら私は人外魔境から脱出したインディジョーンズのような気分になったのであった。
(どうしても持て、ってんなら子供の頃の「スパイ手帳」みたいにしちゃう)