私が初めて武の道に入ったのは十二の頃、剣道が最初だった。
その頃、鹿児島に住んでいた。
後にわかるのだが、鹿児島は剣術の国と言っても過言ではないほど、剣道を始め居合道、抜刀道、示現流兵法など剣術全般が盛んなお国柄である。
示現流兵法と言えば、幕末 新撰組が最も恐れた薩摩隼人たちの主流の兵法である。
鹿児島では江戸時代が終わってからも、この示現流が剣術界に色濃く影響を与えている。
しかも、私が剣道を学んだのは、太平洋戦争で戦地に赴いた実戦経験のある剣術家が現役で剣道界の指導層にいた時代である。
ゆえに、稽古の緊張感は言葉に表現出来ないほど凄まじいものだった。
中学時代の剣道部顧問の福田先生は鹿児島の成人大会で優勝した強者だった。鹿児島で優勝ということは、全国大会でもトップクラスの実力である。全国大会で、鹿児島は団体でも個人でも常に上位にいたからである。
また、福田先生の師匠である児島先生は、当時、国際剣道連盟の重役だった。
我々弟子たちは、剣道界では雲の上にいるような児島先生の指導を様々な機会で受けることが出来た。
また剣道部全員が、福田先生の配慮によって日曜日早朝に鹿児島県警本部の剣道朝稽古への参加が許されたが、そこでは昭和の武蔵と言われた剣聖 中倉清先生を始めとして、様々な剣道界の重鎮たる諸先生の方々に手ほどきを受けることもできた。(手ほどきとは言っても真剣勝負の立ち会いだった)
熊本や宮崎でも私は剣道をやったが、これはあくまでも私観ではあるが、鹿児島の剣道は次元が違った。
時には震えるほどの恐怖を感じたり、礼節の厳しさや忍耐力、根性や努力することの大切さなど武道の基礎を学ぶことが出来た鹿児島の師匠や先輩たちには、心から感謝したい。
剣道を学ぶ一方で、私は週一のクラブ活動や体育の選択授業では柔道を学んだ。中学時代に、剣道から柔道に転向しないかと柔道の顧問に何度も説得されたことがある。
高校時代の校内柔道大会では、勝ち抜き戦で柔道部員や主将を背負い投げで1本勝ちで連勝して優勝した経験がある。
やがて17歳の時に、極真空手世界チャンピオンの中村誠師範(現総帥)と出会いすぐさま弟子になる。
私は当時、宮崎の国富町の寺に下宿して高校に通っていたが、中村師範は、宮崎に極真の開拓に来たばかりで、いまだに「真崎明は、宮崎では私の一番弟子だ」と明言してくれる。
極真の第三回世界大会で、私は中村師範のセコンドについた。二度目の世界大会優勝を目前で観れたのは一生の宝である。
それから、一年過ぎて極真空手創始者の大山倍達総裁のところへ行き弟子となるが、交通事故に遭い、足を悪くしてびっこを引くようになりドクターストップがかかって、空手を断念する。
私は、それがきっかけとなって東洋医学を学び、後に整体や療術の技術をマスターすることになる。
二十代半ばを過ぎたころ、足の方は、ほぼ完治して再び空手に復帰する。
ところが大山総裁が他界することで起きた極真分裂騒動に巻き込まれて散々な目に遭い極真空手を続けることを断念する。(仕事としては極真の映像制作、監督業に専念する)
その頃、来日して間もない意拳(国際意拳会)孫立老師と出会い弟子になる。孫老師は意拳創始者王向斉(国手)の一番弟子姚宗勲にも学んだ意拳の名人である。
ここでは、私は意拳の習得以外にも組織作りや礼儀作法取り決め、道着制導入、試合ルール、ビデオ教本制作など初期の意拳会体制の確立に向けて約10年間尽力した。
しかし、ここでも意拳会と深い姉妹関係にある極真会館(松井派)の再分裂騒動の影響を意拳会が受けたため、私は身を引かねばならなくなった。(さすがにこの時には、心底うんざりした)
その後私は、太極拳創始初代より約660年の歴史系図を持つ陳沛山老師(陳氏第20世伝人)に太極拳を学んだ。
また、ほぼ同時期に鹿児島の示現流兵法を、東郷重徳宗家(故人)の下で、一年に四回ほど鹿児島に通って数年間学んだ。
他にも、空手のルーツを探求したり、古武術やヨガや自己整体、禅などを実践し研究を積み重ねてきた。
歳 四十半ば過ぎになって、私は武の道を歩んできた集大成として自ら考案した空手を立ち上げることにした。
それが『達真空手』である。
様々な武術の長所を融合しつつ、東洋医学の観点からもその稽古方法に独自の鍛錬方法や養生健康法などを編み出し、ヨガや禅、自己整体の要素をも加えて新たな空手を作り上げた。
無論完成した空手というわけでなく、これからも武の頂上を目指し、理想を追求し続けるがゆえに、真に達することを目標としたものが名称の由来でもある。
果たして武の道に終わりというものがあるのだろうか。
地上最強の空手家大山倍達総裁とて「朝目覚めたら、ふと正拳を作り この拳の握りが本当に正しいのかと思い悩んだ」と晩年よく語っている。
完成などと思った時点でその者は終わったと言えるだろう。
しかし、私が12の頃から武の道を探究してきたその過程には、これから道を歩む若者たちにとって何か参考になることもあるだろう。
もはやこの世にはいない、武の名人、達人たちとの出会いもたくさんあった。記録としても貴重になるかもしれない。
また、なぜ達真空手が誕生したのか、私自身の言葉を残すことも大切になるだろう。
武の道は遥かなり・・。
これが現時点の私のつくづく感ずるところである。
それでは、ゆるりと始めてゆくことにしよう。
以下次回。
★こちらもご覧ください
【動画・達真空手演武〜日本刀VS空手〜】
https://m.youtube.com/watch?v=X2cSlqip8T4
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