それはハンスのよりは、少しこぎれいなもので、後ろには、小さな荷台が
乗っているだけだ。
「それとも ボクの隣に、乗りますか?」
からかうように、男は彼女を見ると
「いいえ、けっこうです」
わざとハンスが、大きな声で断ると、ギュッとアナスタシアの手を握り締めた。
アナスタシアの胸が、ドキンと跳ねる。
こんなハンス…初めて見たかも、と思う。
こんな風に大切に扱われると…
何だか自分が、とてつもなく美しいレディーになったような気がして、
なんとなく心が湧きたつような気がしてきた。
「あんたさぁ~自分が思っているよりも、可愛いと思うよ」
前方を走る男の荷馬車の後を追いかけながら、ハンスはアナスタシアに
声をかける。
「もっと…自信を持ってもいいよ」
そう言いながらも、彼女の方を振り向いたりはしない。
「そう?」
チラリとハンスに目をやると…照れたように、ソッポを向く。
「でも あの男…信用できるのかなぁ」
不安そうに、ハンスは言う。
「うーん、信用するしか、ないんじゃない?」
確かにそうなのかもしれないけれど…
まさか身ぐるみはがされたりしたら、どうしよう?
もしも誘拐されたって、うちにはお金がないゾ、と
彼女は忙しく、頭の中で考えている。
そもそもチラリと見かけたことがある…というだけで、
本当に母親のことを知っているのかどうかも、あやしいところだ。
ハンスは心配そうに、チラチラと彼女を見ている。
だけども、ようやくたどり着いた手がかりなのだから…
信用するしかない、と彼女はそう思っていた。
「まさか…殺された、とか?」
ポツリと不安そうに、彼女は言う。
「え、縁起でもない!」
思わずハンスが手綱を取り落としそうになり、あわてて握りなおす。
「だって、全然帰って来ないんだよ?
あれから 何日たってると思うの?」
不安な思いを口にすると…
どんどんどんどん雪だるまのように、膨れ上がってくるのを感じていた。