目に見えない糸 2

 前回、ふつうではちょっと考えにくい不思議な糸が、人間関係の目に見えないところに密かに埋め込まれている体験を書いた。
 
 その連想で、同様の人間関係の不思議を思わずにおれない、もう一つの出来事を思い出した。
 それは7,8年ほど前の話である。

 何度か触れているが、カミさんは昨年引っ越しするまで、自宅でささやかな絵画教室を開いていた。
 生徒さんはだいたい50代から70代あたりまでの近隣の主婦たちで、1日に5,6人くらい集まってきて、絵を描きながらお茶を飲んだり、ケーキを食べたり、オシャベリをしたりする。
 
 まあいわば昔の “井戸端会議” の代用品みたいなものである。井戸端がなくなったので、絵を描く机を井戸端がわりにしているわけだ。
 
 その代用井戸端にしている部屋のちょうど真上が、2階のわしの部屋だった。
 ふつうにしゃべっているぶんには階下の声はほとんど聞こえないが、ときおりどっと笑う声は聞こえる。
 
 ある日のことだ。
 とつぜん笑い声というより、嬌声とも驚声ともつかない異常な声の爆発が階下で沸き起った。ほとんどガラス戸を震わさんばかりで、女子中学校の教室に、超人気アイドルがとつぜん現われたかのようだった。
 いい年をして野次馬のケが多分にあるわしは、何が起きたのか知りたいと思ったけれど、男手が必要な緊急事態でもなさそうなので、ガマンした。
 
 生徒さんたちが帰ったあと、さっそく下へ降りていって、いったい何事があったのかとカミさんに尋ねた。
 するとカミさんは、まだコーフン冷めやらぬ口調でこんな話をした。
 
 教室にきているAさんとBさん2人にかかわる話である。
 ふたりはそれまではまったくの見ず知らずで、教室にきて初めて顔を会わせた生徒さんたちだった。ふたりとも70代だがAさんのほうが歳上だ。
 
 そのとき、おしゃべりがたまたま出産の話題になった。それぞれが自身の出産経験などを話したが、Aさんは、子供のころに赤ちゃんが生まれる場面に初めて立ち会ったときの話をした。
 
 Aさんが小学校にあがってまもない頃だった。仲良くなったC子ちゃんに、赤ちゃんが生まれるので見に来ないかと誘われた。当時その地方ではまだ自宅出産がふつうだった。
 下校途中のことで、ランドセルを背負ったままC子ちゃんの家に行ったが、産室になっている部屋には入れてもらえなかった。茶の間でC子ちゃんと遊びながら、赤ちゃんが生まれるのを待った。
 
 ところがなかなか生まれない。C子ちゃんのお母さんの苦しそうな声が聞こえ、産婆さんとか家の大人たちがあわただしく出たり入ったりする。子供ごころにも緊張感でからだが固くなるようだった。
 
 そんな時間がどのくらいあったのか。突然、ガシャンというとてつもない大きな音がして、家が少し揺れた。
 何事だろう、地震? と腰を浮かせてC子ちゃんと顔を見合わせていると、産室のほうから元気な赤ちゃんの産声が聞こえた。
 
 とつぜんの大きな音は、実は壁つづきのとなりのクリーニング屋の店先に、車が誤って突っ込んだ音だった。
 あたかもそれに押し出されたかのように、その数秒後に難産だった赤ちゃんが生まれたのだという。
 
 そういう異常な状況の中だったけれど、産湯を使ったあとの赤ちゃんの顔を見せてもらったことや、その子が女の子だったことを、Aさんは70年ほど経った今でも憶えているという。
 
 Aさんは子どものころ父親の仕事の関係で、2,3年おきに各地を転々とする生活だった。この時もまもなくまた別の地へ引っ越したので、その後C子ちゃんとも、そのとき生まれた赤ちゃんともそれきりになった。今ごろどうしているかなあ~、とAさんは遠くをみる目になった。
 
 すると、それまで黙ってAさんの話を聞いていたBさんが、おかしなことを言いだしたのである。
「Aさんは、そのとき生まれた赤ちゃんに、その後に会ってるわよ」
「えッ、会ってないと思うけど・・・」
 Aさんが不審そうな顔をすると、Bさんはちょっと潤んだ目で見返して、
「そのとき生まれた赤ちゃんは、たぶん私よ。いやまちがいなく私だと思う。隣がクリーニング屋さんで、その店に車が突っ込んだ直後に生まれた子なんて、そうざらにいないでしょ」
「えーーーーッ!!!」
 2階のわしのところまで響いてきたのは、このときの驚愕の声だった。
 
 そのあと、姉のC子ちゃんの名前や、家のあった位置などを確かめ合って、そのときの赤ちゃんがBさんに間違いないことがはっきりした。
 
 こういった事例にじっさいに接すると、この世にはどういうカラクリが隠してあるのだろうと、興味は尽きない。
 
 (同じようなこの世の不思議にふれた前回の記事『目に見えない糸 1』はこちらから)
 

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