親父が、「豊徳周光居士」という耳慣れない名前に変わり、小さな箱の中の骨になって自宅に帰ってきた。
先週金曜日(8/7)の朝食を食べた直後から呼吸が苦しそうになったため、入所施設の判断で病院へ救急搬送され、そのまま緊急入院となった。
施設から「救急搬送」の電話連絡を受け、慌てて病院に駆けつけると、新型コロナウイルスの関係で「絶対面会謝絶」である筈なのに、なぜかナースステーションに通され、ドクターが病状の説明をしてくれた。
昨年9月上旬に始まった誤嚥性肺炎の再発というより、いよいよ最終段階的「時間の問題」である事を予感する内容で、「満90歳だからな、仕方あるまい」との覚悟をした。
通常の酸素マスクで酸素は吸えているが、血中の二酸化炭素を排出できないのだという。
「右の肺が(肺炎のために)真っ白なので、もっと強力な酸素マスクを使います」というドクターの話を聞いた後、入院の準備をするため、一旦自宅へ戻る事にした。「右目の瞳孔反射が既になくなっています」という言葉が、頭に残っていた。
救急搬送された直後より、幾分か呼吸は落ち着いているかのように見えた。「これで少し落ち着いてくれれば」と思った。
自宅について間もなく、「大至急来てください!」の電話があり、ほぼトンボ返りの形で病院へ戻った。
午後2時半頃、再びベッドサイドに立つ。そこには、既に心肺停止状態の親父がいた。
14:38、ドクター・ナースとともに全員で死亡を確認。わずか四時間半、彼の最後の入院だった。
「アッと言う間」というのは、まさにこういう事だろう。咀嚼と嚥下の能力が急落する後期高齢者にとって誤嚥性肺炎がいかに恐ろしいかを、改めて知った。
先週金曜日(8/7)の朝食を食べた直後から呼吸が苦しそうになったため、入所施設の判断で病院へ救急搬送され、そのまま緊急入院となった。
施設から「救急搬送」の電話連絡を受け、慌てて病院に駆けつけると、新型コロナウイルスの関係で「絶対面会謝絶」である筈なのに、なぜかナースステーションに通され、ドクターが病状の説明をしてくれた。
昨年9月上旬に始まった誤嚥性肺炎の再発というより、いよいよ最終段階的「時間の問題」である事を予感する内容で、「満90歳だからな、仕方あるまい」との覚悟をした。
通常の酸素マスクで酸素は吸えているが、血中の二酸化炭素を排出できないのだという。
「右の肺が(肺炎のために)真っ白なので、もっと強力な酸素マスクを使います」というドクターの話を聞いた後、入院の準備をするため、一旦自宅へ戻る事にした。「右目の瞳孔反射が既になくなっています」という言葉が、頭に残っていた。
救急搬送された直後より、幾分か呼吸は落ち着いているかのように見えた。「これで少し落ち着いてくれれば」と思った。
自宅について間もなく、「大至急来てください!」の電話があり、ほぼトンボ返りの形で病院へ戻った。
午後2時半頃、再びベッドサイドに立つ。そこには、既に心肺停止状態の親父がいた。
14:38、ドクター・ナースとともに全員で死亡を確認。わずか四時間半、彼の最後の入院だった。
「アッと言う間」というのは、まさにこういう事だろう。咀嚼と嚥下の能力が急落する後期高齢者にとって誤嚥性肺炎がいかに恐ろしいかを、改めて知った。