#159 タダの肴ばっかりを選る酔客 ~「上燗屋」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

月日の経つのは早いもので、充電のためにブログを休載して早、8カ月が過ぎました。このままでは忘れ去られそうなので充電を続けながら少しずつ放電することにしました。時折、気に掛けていただければ幸いです。

 

冬になると「熱燗で一杯」と言う人も多いことであろう。先ずは短い「上燗屋(じょうかんや)」を採り上げよう。この噺はお酒の燗の付け具合を自慢にしている屋台の亭主を酔客がからかうという滑稽噺である。

 

かなり出来上がっている帰宅途上の酔客が「上燗屋」という提灯がぶら下がっている屋台へ立ち寄った。「提灯は燗の温度を自慢しているものですね?」「その通りで」「一杯いくらですか?」「10銭で」「じゃあ、一杯付けてください、スミマセンネ」。亭主が燗を付け、差し出す。

出された燗を一口飲むがぬるい。付け直してもらう。ところが今度は熱過ぎる。「熱ゥー!、どこが上燗屋ですか、甘酒飲んでるのとは違いますよ。親切が過ぎましたね。待っとられんのでそこの一升瓶から少し注ぎ足して下さい。スミマセンネ」「そんなことをすると勘定がややこしくなります」「ウーン? なんぼ飲んでも10銭しか払わん。…冗談でしょ、後で勘定すればいいんですよ、スミマセンネ」。

「やっといい燗になりましたね。そこにこぼれている豆はいくらですか?」「こちらに新しいのがありますが」「どうしてもこぼれているやつを食べたいのです」「これは落ちたものですからお代を貰うわけにはいきません」「タダですか?タダなら食たろ。美味い!もっとこぼしたろ」

「これは何ですか?」「鰯のから(・・)まぶし(・・・)です」「下に敷いてある黄色いものはなんですか?」「おから(・・・)です」「それ、なんぼですか?」「…鰯にまぶした、言わば付き物ですからお代は頂けません」「タダですか?タダなら食たろ。ウーン、あっさりと美味いね」「そんなことされたら鰯が裸になってしまいます」「上に乗っている赤い物は何ですか?」「紅ショウガです」「それ、なんぼ?」「それも付き物ですから…」「タダですか?なんや、お前とこタダのもんばっかり置いてるな」「あんたがタダのもんばっかり選っているんです」「そうなりますか」

「この黒い物は何ですか?」「鰊の付け焼きです」「これも鰯の付き物ですか?」「阿、阿、阿、阿呆なこと言いなさんな。どこぞの世界にそんな付きもんがありますかいな。5銭です」「もらおう」。客はしばらくかじっていたが、「堅すぎて口に合わんわ、返すわ」と亭主を困らせる。

「こっちの赤い物は?」「鷹の爪です」「空を飛んでる?」「唐辛子ですがな」「食うてみたろ。辛~! 酒飲まんと口の中が火事になる」と一杯の燗酒を飲み干した。「ああ美味かった。ごちそうさん。なんぼですか?」「だから最初から勘定がややこしくなると言うてましたやろ。酒を注ぎ足したし、豆はいかれているし、鰊はかじりさしにされとるし、そうでんな、25銭も貰ろうときましょうか」「25銭? 25銭とは安い、こんな安い店は生まれて初めてや、…なんぼか負からんか?」。

 

お気付きの方もおられると思いますが、上記の筋書きは二代目桂枝雀の高座から書き写したものである。「スミマセンネ」と「ど、どういうことですか?」それにオーバーアクションの動作を多用するのが枝雀落語の特色である。この噺は12分ほどの短いものであるが「スミマセンネ」を10回ほど連発している。また、「親切が過ぎましたね」というギャグも枝雀の知性が感じられるもので、我々夫婦も何か度が過ぎた時にこのフレーズを使わさせてもらっている。

 

筋書きの最初の部分で酔客の性別には触れなかったが、断らなくても男性と決まっているのが落語の特徴である。

 

1990年頃、落語に限界を感じて遠ざかっていた私を再び引き戻してくれたのが枝雀のこの一席であった。その意味で、私にとっては忘れられない演目である(拙ブログ#13参照)。

 

もう大分昔のことであるが、香川県の高松地方で、客をもてなす時に「あつかんで」という常用句が使われたそうである。“扱わんで”が訛ったもので、「何もおもてなしは出来ませんが、ゆっくりしていって下さい」という意であったようだ。これを知らない客が、“熱燗”が出されるのを期待して待ち続けたという笑い話もある。

 

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