#283 家賃の猶予に利用された泥棒 ~「出来心」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

新米の泥棒が親分に呼ばれた。「お前さん、ちっとも稼業に身が入ってないようで、仲間が皆、足を洗わせて堅気にした方が良いと言っているが、どうなんだ?」「へえ、これまではどじばかり踏んで来ましたが、これからは心を入れ替えて悪の道に精進しますので、もう少し置いてください」「そうか、わかった。これまでにやったことを話してみろ」「はい、先ずは土蔵破りです」「大仕事だな」「土塀を破って中へ入りました。すると、草ぼうぼうなんです」「おかしいな?」「おかしいんです。よく見ると石がゴロゴロありまして」「妙だな?」「妙なんです。上を見ると星が出てるんです」「ますます妙だな?」「親分の前ですが、大笑いなんです」「どうした?」「お寺の土塀を破って墓場へ入っていたんです」「バカヤロー、蔵と墓の区別もできねえのか」「あいにく暗くて分からず、星を見て気が付きました、そらみたことか」「バカ、駄洒落を言っている場合じゃない」。他にも“電話が引かれていてこじんまりした家を狙え”と言われて交番へ入ったなどのヘマばかりが報告される。「わかった、もういい。大きいことばかり狙わずに空き巣をやってみろ」と親分が言い、テクニックを教える。

「先ず、小当たりする」「体当たりですか?」「そうじゃあない、家人がいるかどうかを調べるんだ」「空き家へ入るんですね?」「おい、しっかりしろよ。空き家に盗む物があるかい? 玄関先で声を掛ける。もし家人が出て来たら、○○さんのお宅は何処でしょうか?と適当な名前を言って誤魔化すんだ。留守なら入って仕事をする。分かったか?」「へえ」「万一、捕まったら、『80歳の母、7つを頭に四人の子供がおり、長らくの失業中の貧乏暮らしです。貧が為したほんの出来心です』と謝れ。大抵、赦してくれて小遣いまでくれることもある」「その方が儲けになりますね」「バカ、時にはの話だ。早く行って来い」「では、風呂敷を一枚貸して下さい」「どうするんだ?」「盗んだものを包むんです」「そんなもの、入った先のものを使え」「返しに行くのも大変ですから」「バカ、返さなくてもいいんだ」。

 

教えられた通りに実践に移す。なかなか留守の家はないもの。やっとそれらしき家を見つけて中へ入る。羊羹が出ている。つまんでいると、二階から「誰だ?」と声がして家人が降りて来た。吃驚して羊羹を喉に詰まらせ、背中を叩いてもらいながら「さいごべえ(・・・・・)さんのお宅をご存じないですか?」と訊く。「上がり込んでいるので怪しい奴だと思ったが、客人だったのかい、さいごべえは俺だが何の用だ?」「えッ!さよなら」と慌てて逃げ出す。「おい皆、怪しい野郎がうろついているから気を付けな」とさいごべえが警告を発している。

 

「変な名前があるもんだな。でも、どうして俺はそんな名前を知っていたんだろう?…そうか、表札を見て入ったんだ」とどじを反省しながら逃げているうちに貧乏長屋のとある一軒に入った。褌が一本、天井からぶら下り、おじ(・・)()の鍋が掛かっている以外はがらんどうの何にもない家。腹が減っていたのでおじやを頂いていると表で声がした。「海苔屋のおばあさん、今帰りました。誰も来なかったですか? そうですか、有難うございました」と家人の八五郎が帰って来た。泥棒さん、裏口から逃げようとするが行き止まり、台所の板をはがして縁の下へ隠れる。

おじやの鍋が空っぽになっているのと泥の足跡を見て、八は泥棒が入ったことを察知した。ちょうど、大家から家賃を催促されていたのでこれ幸いと、泥棒に盗まれたことにしようと考え、大家を呼ぶ。

 

「お支払いしようと用意しておいた5カ月分の家賃が泥棒に盗まれました」と言って八が猶予を願うと、大家は了解してくれた。だが、大家は「一応は警察へ届けなければならない。盗まれた物を言いなさい」と言って、筆と巻紙を取り出した。返事に窮した八に大家がきっかけを与える。「衣類や夜具は大丈夫だったかい?」「そうそう、布団が盗まれました」「大きな物を持って行ったな、表は?」「賑やかです」「柄模様のことだ」「大家さんが干しているのと同じです」「うちのは唐草だ。唐草と。で、裏は?」「裏は行き止まりです」「色だよ」「これも大家さんのと同じです」「うちのは花色木綿だ。丈夫で暖かで寝冷えをしないからね。わかった、他には?」「羽二重の黒紋付」「ほお、粋なものを持っているな」「裏は花色木綿です。丈夫で暖かで寝冷えをしないから」「そんなもんがあるのかい?他には?」。最初は戸惑っていた八だったが、段々調子に乗って次々に申告する。申告したのは帯、半纏、帷子、蚊帳などで、どれも「裏は花色木綿」と言う八と大家の面白い会話が繰り広げられ、笑いを呼ぶ。

「そうそう、刀も盗まれました」「そんなもん、見たことないな」「大家さんには隠していました」「長剣か短剣か?」「中剣です」「中剣?」「あっしがハチ公ですから」。「それに箪笥にお札(さつ)…」、突然縁の下から泥棒が飛び出して来て言った、「やいやい、いい加減なことを言うな。てめえの所には褌とおじやがあるだけじゃないか。あっしはおじやを食べただけだ。この大嘘吐き、警察へ行こう」。

 

「おじやだけでも泥棒は泥棒だ。警察へ突き出してやる」と大家が言う。「80歳を頭に四人の子供と7歳の母がおり、長らくの失業中の貧乏暮らしです。貧が為したほんの出来心です」「そうか、赦してやろう。その代り、泥棒稼業から足を洗って堅気になるんだぞ」。

「ところで、八は何処へ行った?」と大家。八が縁の下から顔を出した。「お前は何であんな大嘘を吐いたんだ?」「へえ、これもほんの出来心で」。

「出来心(できごころ)」という、一般題を「花色木綿」という古典の名作の一つである。とにかく笑いの多い噺で、人気のあった噺であるから音源が多く残されていると思うが十代目柳家小三治の一席がお薦めである。「花色木綿」として高座に掛けた場合は、泥棒が飛び出してくる最後の部分が割愛されている。

花色木綿の花色とは、縹色(はなだいろ)のことで、薄い藍色の呼び名である。

 

 

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