【第2話】頑張っても、頑張っても「しあわせ」になれない理由 | 心も身体も生き返る 気持ちを解放するエモーションフリー

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「こころ」精神やマインド・感情などの付き合い方。
不要なトラウマ、思い込みを
一瞬でなくすことで、
人生を好転させていきます。

おはようございます。

エモフリ講師matsukoです。

 

 

前回に引き続き「頑張っても幸せになれない理由」を

お伝えします。

 

前回の記事は、こちら。

 

 

 

人が、

「しあわせ」になれないのは、

『理想』と、比べているから。

です。

 

 

夫婦関係・親子関係で言えば

「相手に期待している」からです。

 

 

 

夫婦関係・親子関係などの「人間関係」でいうなら

・こうして欲しい

・こうしてくれなかった

という相手に求める『期待』です。

 

 

 

ですから

今の私は、家族に「期待」をしなくなりました。

そんなことを言うと、何もせず

「期待すること」を辞めていくでしょう?

 

 

でも、それだって

違うのです。

 

 

 

だって私は『理想』は諦めたくなかったから

「やった」のです。

 

 

 

『理想を捨てて』代わりに作ったことが

『信頼関係』です。

 

されるだけでもなく

するだけでもない関係です。

 

 

 

 

『期待』がある。

だから!

 

その『期待』に応えてくれない

だから「いや」になる。

 

 

落ち込む

怒る

傷つく

 

 

わけです。

 

 

 

ですから、

 

・〇〇だったら

・〇〇してくれたら

・〇〇があれば

・普通はさ。

 

 

 

そんな風に、

相手に言っても、届くことはありません。

 

もちろん、自分にもです。

 

 

全部「期待」「理想」の話だからです。

 

 

 

「先」に期待するから

「先」に理想に押し込めるから

 

ボン!って「破壊」になるのです。

 

心というものがあるのなら、

壊れてしまうのです。

 

 

 

セッションをしていると、

マツコさんって「フラット」ですね。

人のことを「評価しない」ですね。

と、言われるのが『そこ』です。

 

 

 

大抵の場合、「評価する」って言うのは、

「人」と「人」を比べているような錯覚

を起こしますが…。

 

実は、違うのです。

 

 

 

自分の「理想」と、自分を比べ、

自分の「理想」と、誰かを比べているのです。

 

 

そして「そう(理想)ならなかったら」

落ち込む。

傷つく。

わけです。

 

 

 

もっとタチが悪いのは、

勝手に「自分より下」などという基準まで

持ち出して、

「あの人よりマシ」

「あの人は可愛そう」

という評価。

 

 

人を見下して、自分を証明しようとする「妄想」

 

 

 

 

「その理想の基準」を、自分にも、

相手にも求める。

 

 

だから、余計に、

相手は

「応えることが出来ない」

のです。

 

 

 

出来ないことを求められても「出来ない」です。

 

 

「しあわせ」になる?

それどころか

 

「しあわせ」から遠ざかっていきます。

「出来ないループ」に迷い込みますから。

 

 

 

「できる」前に「やるべきこと」があるのです。

 

 

 

私の場合、

夫が

引越しの時「パチンコ」に行った。

とか

身体がきついのに、友人を呼ばれて更にきつかった。

とか

 

 

「それ」を、結婚してから

ずっと、我慢して、ことあるごとに

「あなたは、あの時もそうだった」

と文句を言いつづけた数十年。

 

 

たまに、旅行とかいっても

そこで楽しそうにしている「夫」が信じられなかった。

なんで?

家族の楽しい時間だけは「いるの』?

きついときは、そばにいてくれないどころか、

もっと「きついこと」を求めくるくせに。

 

私のことなんか、何もわかってくれない…。

旅行に一緒にいる主人に「イラつき」ました。

 

 

 

でもね。

 

 

本当に、夫は

「わかっていなかった」のです。

 

 

どうしたらいいのか?

「わからないことは、いくら求めても出来ません」

「言葉で求めても無理です」

 

 

本人が、

わかっていないことを、いくら求めても

「出来ない」のです。

 

だって『それ』が、夫の「当たり前」なのだから。

 

 

 

そして私も

「夫」の「当たり前」が、わかっていなかったのです。

 

わかってもらいたいのなら、相手をわかることが

「先」なんです。

 

 

 

相手の気持ちなんて

「わからなくていい」です。

 

 

 

本当に「わからなければいけないこと」があるのです。

 

 

 

その人には、その人の「当たり前」がある

自分には、自分の「当たり前」がある

ですから、夫にも「エモフリ」をしました。

どこに?

エモフリをしたのか?

それは、メルマガで書きます。

 

登録していない方は、ごめんなさい。

 

 

 

 

エモフリとは?

「そうなる」前提にするセラピーだから

 

「結果」が変わるのです。

 

 

 

「結果」から「原因(前提)」

わかるわけですから。

 

そんな風になってしまう。

本当の理由が「わかる」のです。

 

 

 

「結果」を変えるために「やる」のです。

 

 

 

ですから、

今では、すっかり以前のようなことはなくなり

更に「私の期待」を行動してくれる人

になりました。

言うだけでもなく。

慰めだけでもなく。

励ましだけでもなく。

 

行動してくれる人と言うのは、本当の「力」に

なります。

本当に「助かること」が大きいのです。

 

だって「出来ている」のだから。

 

 

 

子育ては、子供と遊ぶだけで、受験で悩んでいる時も寝ている主人でした。

幼稚園の運動会で、場所取りで並ぶ「親」を、信じられない。

俺がそんなことするわけない。

などと言っていましたが、

今では、PTAに参加してくれたり、子供の相談に乗ったりしてます。

もちろん、私が求めなくてもです。

休みの日に、昼まで寝ていた私でありながら、

起きたら、子供は「模試」に行っていて、

送迎までやっていた。

むしろ、私の方が「模試」を知らなかった…。

 

と、今の話を書き出すと

もっとあるので、聞きたい方は直接聞いてください。

 

 

 

エモフリに出会う前は、

 

夫のことも自分のことも

「見ず」して、

『理想』と比べ。

 

 

自分のことも、相手のことも

当てはめようとするから

「しあわせ」にはなれなかったのです。

 

 

 

それはなぜか?

人には『気持ち』『思っていること』『感情』があるからです。

 

ここを「見ず」して、

『理想』しか見えていない。

 

 

 

人が動くのは、人と繋がることができるのは、

『気持ち』『思っていること』『感情』

を、無視して

叶うことは、ありません。

 

 

 

さらに、

離婚したいほどのことを覆すには、

 

自分が変わるか?

相手が変わるか?

 

 

どちらかしかない。

のです。

 

 

 

私の場合は「両方」選んだのです。

自分だけではなく、相手にも変わってもらうこと。

 

 

 

私だって

夫から『理想』を求められている

のは辛かった。

 

 

同じだったのです。

 

 

夫は、

子供たちに「挨拶させる」のは母親の仕事だ。

夫には、一品用意しろ。

 

 

 

結婚当初は、そんなことを求める人でした。

 

ですから、妻が夫のために迎えに行く。

のは、彼の当たり前なのです。

 

 

 

 

そして、今?

毎朝、家族の洗濯してくれています。

 

(なんか、今書きながら改めて、思い出した…。

変わったことすら、忘れるほどの過去)

 

 

 

教科書や、自分の親がしてきたこと、テレビドラマ、マニュアル、育児書

には、

「目の前の人の望み」は載っていないのです。

 

 

 

 

『理想』とういのは、先にあるものではないのです。

 

 

行動した

「結果」なんです。

 

 

 

そして本当の「理想」は、

一緒にいる人の中にある。

のです。

 

 

 

 

私、家事が嫌いなんです。

「私が家事を嫌いだという気持ち」

をわかってくれるより、

 

毎朝、洗濯をしてくれることの方が、

遥かに、しあわせなんです。

 

 

 

 

これは、夫婦関係だけではありません。

 

自分との付き合い方も

子供との関係も

同じです。

 

 

 

『理想』と言うのは、手に入っていたら

『理想』にはなりません。

だって、手に入れているのだから。

 

 

 

「ない」ものばかり見ているわけです。

 

 

 

「今」手に入っていることが「しあわせ」に

感じることが出来ずして、

 

何かを

インプットしても「しあわせ」になることは

「ない」のです。

 

 

「ある」ことがわからなくなっているのだから。

 

だから、しあわせになれない人は

大抵「逆」を選んでしまうのです。

 

 

 

 

自分が「出来ていること」「出来ること」

が、見えなくなります。

 

1つ・2つの「失敗」や「ダメだと思うこと」は

8つ・9つの可能性をも潰す「威力」があります。

 

可能性が見えなくなるのです。

 

 

 

この「見方」を、変えない限り

『理想』を追い続ける人生になってしまい、

手に入った「喜び」

そばにいてくれる人の「有り難さ」

そこに気づかずに、人生を終えてしまうことに

なります。

 

 

だって、

誰かと生きているのではなく

 

『理想』と生きているのだから

 

 

 

たとえ綺麗な愛を注がれても、

「受け取る器」が、自分になかったら

満たされることはなく。

 

 

自分が変わらなきゃ

相手に代わって欲しい

 

 

あのとき、あなたは〇〇をしてくれなかった

あのとき、あの人は私に〇〇をして傷つけた

あのとき、間違えだった

あのとき、あのとき、あのとき

「過去のことばかり」です。

 

そんな「記憶」と、共に生きてくだけになります。

 

 

 

理想は

 

『やる』から手に入る。

 

 

 

『やる』行動するが「先」なのです。

 

 

 

しかも、

 

間違っていない「方法」

正しい「タイミング」

じゃないと

手に入りません。

 

 

 

 

 

 

 

 

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