東北シリーズおまけ(瑞巌寺) | おおとり駆の城日記

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今回の東北シリーズ最後はお城ではなく伊達家の菩提寺として知られる宮城県松島海岸の瑞巌寺をご紹介します。


もともとは平安時代に開創された天台宗のお寺でしたが、鎌倉時代の正元元年頃(1259)に臨済宗に変わり寺名も「円福寺」へと改名されました。
伊達政宗が仙台藩主となると、師傳虎哉禅師の勧めで、現在の大伽藍を慶長9年(1604年)から5年の歳月をかけて造営します。このときに寺の名も改めて「松島青龍山瑞巌円福禅寺」(しょうとうせいりゅうざんずいがんえんぷくぜんじ)としました。
以降伊達氏の保護もあって隆盛を極めることになります。政宗がこの寺にそこまで心血を注いだのは一説によれば仙台城が攻められたときに隠し砦とするためだったとのことです。 


本堂(国宝)

幅38メートル、奥行き24.2メートルの堂々たる本堂です。屋根は入母屋造本瓦葺で三方に広縁、落縁を廻らせ、室中孔雀の間、仏間、上段の間、上々段の間など10の部屋があります。
建材の桧、杉、欅もはるばる紀伊熊野から運ばれ、京都・根来の大工衆が技を競ったといわれます。 
内部はもちろん撮影禁止だったので写真はありませんが、襖絵、欄間の彫刻はまさに絢爛豪華でお寺とは思えません。日光東照宮や名古屋城の本丸御殿を彷彿とさせます。
仙台城には建造物は何も残っていませんでしたが、ここでは奥州の覇者伊達政宗の威光をうかがい知ることができます。


庫裡(国宝)
「庫裏」とも書く禅宗寺院の台所。正面13.8m、奥行き23.6m。
大屋根の上にさらに煙出しが載っています。本来実用本位の建物に唐草や花肘木の彫刻が施されたことに、政宗の美意識がうかがえます。


参道
本堂前から参道を振り返ったところです。途中から杉並木が切れて見通しがよくなっているのは、震災のときにそこまで津波が押し寄せて、塩害で枯れてしまったためです。



洞窟遺跡群
参道の脇にある崖には、いたるところに洞窟が掘られ、中には石仏や石塔がおかれています。
かつてはこの洞窟の中で修行僧が生活したこともあるそうです。
静寂かつ厳粛な空間です。



五大堂(重要文化財)
日本三景松島を象徴する建物です。これが瑞巌寺の境外のお堂とは知りませんでした。
現在のお堂は伊達政宗が慶長9年(1604年)に瑞巌寺の再興に先立って造営したもので、東北地方現存最古の桃山建築となっています。


今回の東北シリーズ最後は仙台名物の牛タンで締めたいと思います



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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