2019年12月1日日曜日

“Adapting human thinking and moral reasoning in contemporary society”刊行 (1)―本書の簡単な紹介


 IGI Globalという出版社から、フランスのツール大学のVeronique Salvano-Pardieuさんと私の編集で、“Adaptinghuman thinking and moral reasoning in contemporary society”という書籍が先日刊行された。これは、認知科学の研究者に、この現代の成立と現代文明への適応をどのように考えていくのかについて語ってもらうという趣旨で企画され、最終的に12の章が編集されて出版ということになった。

 ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』やスティーヴン・ミズンの『心の先史時代』から、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』など、ここ30年ほどで、人類はどのようにして文化を創り上げてこの発展した現代に至ったのかについての、いわゆるビッグ・ヒストリーのアプローチの書籍が増えた。これらは、現代人のモラルが失われたという幻想をあたかも事実として、それを説明しようとする(「事実」なら説明する価値があるが、「事実」ではないことを説明しようとしているから不思議である)浅薄な現代論とは一線を画しており、主としてNatureScienceなどの国際誌で発表された膨大な資料に基づいて「物語」が編まれていて、非常に読み応えがあると思う。

 自分もこういう書籍を書いてみたいという野望は常に抱いていたが、残念ながら私一人ではとても書けないし、私が渉猟することができる適切な文献は多くない。そこで、モラル推論について研究をされているSalvano-Pardieuさんとともに、認知についてのさまざまなモデルを想定している研究者に声をかけての企画となった。とくに、私たちが多かれ少なかれ関与している、「ファスト」と「スロー」を仮定している二重過程理論は、進化的に新しい「スロー」がこの現代の繁栄にどのように貢献しているのかという視点を提供してくれるのである。

 12章は4章ずつの3セクションからなり、第1セクションでは、進化的な視点から、主として推論やモラル推論について議論している。すべての章において二重過程理論が想定されており、人間の推論にどのよう適応的な意味があるのかという基本的な問いかけと、それがモラル判断にどのように適用されているのか、さらには「ファスト」が「スロー」をどのように抑制するのかが議論されている。

 第2セクションでは、現代社会における推論が4つの角度から議論されている。とくに私は、迷信が徐々に信じられなくなる (たとえば、内山節が『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』の中で興味深い論考を行っている) ということと、科学を突き詰めると逆に神を信じてしまう人間の不思議さが興味深く、この領域の適任者として北星学園大の眞嶋先生がこの中の1章を執筆されている。

 第3セクションの執筆者たちは、それぞれの立場から、教育あるいは政策論を語っている。モラル推論への教育的介入や教師による推論に加えて、哲学者(名古屋大のLai先生と戸田山先生)からはアカデミックライティングを通した論理学教育が提唱され、政策学者からは現代社会における知識管理の一環としての知的資本の管理の重要性が主張されている。

 IGI Globalは非英語圏からの学術書の出版を奨励しており、著者の世界的なネームバリューがイマイチということで、売れないので書籍が高額になっている。しかし、さまざまな分野の認知科学者が人間の思考やモラル推論から現代を語るという、これまでにないユニークな構成になっている書籍だと自負している。また、割高にはなるが、IGIのサイトからはそれぞれの章を購入することも可能である (私の章は2章ありますが、請求いただければ、著作権に触れない範囲で原稿のpdfをお送りできます)

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