まさか日本でカルチャーショックを!

日本で技術者→中国広東省にて日本語教師→日本で技術者復帰→技術者+?
旧題名:まさか私が日本語教師に!(NO.3)

約束事は永遠ではない と 久しぶりのぎっくり腰

2019-04-23 21:20:18 | 日本での生活
何度も記しているのだが・・・。

日本人はとかく約束事が長く続くと思い込む。

しかし、状況が変われば、そんな約束事など無効になることを異国で思い知った。


そんなこともあり、私は国の約束事をすべて信じてはいない。

そして国が守ってくれるという保証もないと自分に言い聞かせている。



話は変わる。

少しは長く外国暮らしをしていたので、その期間は年金保険料を支払っていない。

制度が変わったこともあり、今現在の支払い期間をもって、将来年金を受け取れることになっている。
だが、当然その金額は日本にいなかった期間分は少なくなる。

おまけに年金受給年齢も上がるわけであり、その間をどうやって過ごそうかと・・・。

今現在であっても、国が鼻先にぶら下げた何本ものニンジンはますます遠のいた状態という我々の先輩も多いに違いない。


であるからこそ、今もいろいろと姑息な勉強を続けている。
何かかしらの技術と知恵でお金を得られるように。


とここまで記したが、本日は途中で止めておく。

理由は先ほど風呂から出て着替えているときに、ぎっくり腰に・・・。

(帰国後数年はGW前になると、けっこうなぎっくり腰になることが多かった。)

それでもしばらく動けなくなるぐらいのぎっくり腰は約3年ぶりだと思う。

運動などのおかげで、良くなっており、軽微なもの以外はそれまでなかったのに。


ただ、今思い返せば、予兆はあった。

ちょっと無理しちゃったみたい。

それはともかく、
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2 コメント

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約束などない (Hiroshi)
2019-04-24 17:35:00
先ほど関連する事項をblogにアップしたばかりですので一言。

「お約束」と述べられていますが。最初から約束などありません。時代とともに制度は変わるのが当然。今は「人生60年」の時代ではないのですから。

日本の人口動静を考えれば「75歳を年金支給年齢」との結論がでるのが必然だと考えます。ついでに、定年なしにしてもらいたいというのが個人的希望でしたが、、
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5744/trackback

因みに現在、現役最後の年収の1/4で生活しないといけません。それでも平均よりマシだとの数字がでていますので不満は言えないですね(汗)
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RE:約束などない (雨好き)
2019-05-01 17:57:29
Hiroshiさん

国は約束などしてはいませんが、我々は何かを努力目標として生きております。

その努力が実らないところから、「嘘つき」という批判が出てくることは自然現象とも言えるでしょう。

批判も生きてゆくうえで大切な原動力にもなりますので。

ただ、様々なことに対してあまりにぐだぐだ言っていても、(このブログでの「両親のための仕方がない職業選択」と「日本語教育などの給料の低さ」についての独り言のように)見苦しく、人を不快にさせるということが生じます。

とはいえ、ジャック・マー氏ではありませんが、失敗や不満への挑戦こそ成功への道になることもあるわけで、批判を己の原動力とするだけのエサ(知識)が必要にもなってきます。

もっともこの記事は年金という分野を借りて、人々の「様々な約束不履行への意識」を現したものであり・・・。

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