満月のスープ20190321   春風とモノリス  Two Chords  | 風のたまごを見つけた   

風のたまごを見つけた   

for pilgrims on this planet.
この惑星はなんて不思議!

 

 

 

Voices from Fullmoon of March

 

 

それは、
 

美しい物語だった
 

 

涙を溢れさせる、
 

せつなさを喚起した

 

けれど、
 

あなたはようやく
 

選んだのだ
 

 

繰り返し、繰り返し
 

あなたをそこにとどまらせた
 

その愛おしい物語を
 

卒業することを
 

 

あなたは
 

そっと手を離す
 

親しい人々に囲まれ、
 

微笑んでいるあなたを映す
 

とても古びた手鏡から

 

鏡は

 

こなごなに砕け
 

小さな破片、ひとつひとつが
 

あなたの恐怖と、幸せ、
 

欺瞞と、涙を映して
 

ゆっくりと

 

この惑星を、はなれてゆく。
 

 

いま、
 

すべてのかけらが
 

銀河の音に包まれ
 

幾千もの、空を

 

うつし出す。

 

どこまでも青く、碧く
 

きらめいていて
 

 

 

 

 

Bless 

the day of the spring equinox

 

分の日の祝福に感謝をこめて

 

 

満月のスープ 第二章  2

 

 

 

おばあちゃんの家のキッチンは

土間にあった。 

窓から満月が見える

小さな台所に今も香る

幾種ものハーブとお茶の香り

満月の日は

ここに来てお湯をわかし

こころを開いて

なくなったおばあちゃんの

光のスープを 

静かに、飲んでみるのです。

 

レイラ

 

 

春風とモノリス * Two Chords   

 


 

床にどん、と座ったベンは

「やり切った」という、満足顔で、

レイラの反応を待っている。
レイラは、言葉が見つからず、困惑して膝をさする。
 

それにしても音楽動画って、

こんなにダサくて、許されるものなのだろうのか。
素人がエラそうなことは言えないけど、でも少なくとも
見る人の気持ちが上がったり、トキメキを感じさせるのが
映像のパワーってもんじゃなかったっけ。

レイラが見たのは、ベンが謎の相棒と、
コワいほどのめり込んでゆく「演奏風景」だ。
しかも曲の終わりまで、まっ正面からの撮った映像。
 

それから、、こう言ってはなんだけども、、
二人揃って黒Tシャツに黒デニムは、ないと思う。
正直に言えば、、、音楽はともかく、

ヴィジュアルセンスってものが終わってる。
 

でも、ベンはすぐにでもアップする勢いで
レイラに完成形を見せてるわけで、、

そんなムゴいこと言える?ああ、もう。

「ちょっと、、、シュール感あるかも」

レイラは、小声で感想を伝えた。
「シュール?」
ベンは動画を自分の方に向け直すと「シュール、、シュール」と
繰り返しながら、映像を再生した。
「ジャズにシュールってありか?」
ツブヤキは自問になった。

「ほかになんかある?」
ベンが尋ねた。
「ない」

レイラの感想をぶつけたところで、
ベンが、ヴィジュアルを工夫して撮り直すとは思えない。

アップして悲惨な結果だったら、レイラだって悲しいけど、でも

世間の反応を知ったところで改善するのが最善だろう

とレイラは思った。



ベンは、ちょっと気になったように、
映像から気持ちをはずして、レイラを見た。
 

「まだ、気になってる?」

メルとの口論のことをレイラはベンに話していた。
おじさんのカフェのこと、壁絵のオファーのこと、
人前で感情的になった自己嫌悪と、悔しさで
帰宅してから号泣してしまったことも。

正直に打ち明けたというのに、ベンはなんと、

爆笑した。
ヒドい、あり得ない!となじっても
ベンがあまりに本気で笑い転げるので、
レイラは、かえって冷静になった。

そして、もう考えるのをやめた。


 

「女子の戦い、勃発かぁ」
ベンは、ゲーム観戦みたいなノリで言う。
そんなんじゃないよ、とつぶやいて、レイラは
男の子って、これだから、、、と思った。

レイラは、光の方に目を向けると
カップを持ったまま立ち上がって、窓を少し開けた。
 

予想外の春の突風が部屋に舞い込んで、

レイラの前髪と戯れた。
まだ冷たい風だけど、

ジンチョウゲのあまい香りが混じっている。

「確かに、嫌な子って思ったんだけど、、」
レイラは前髪を直しながら、ふとベンに本音を漏らした。

「ほんというと、気持ちよかったの、あのあと。
すっごくヘンな感じ」

むき出しの敵意には、正直になれる。
暗い感情をためこまない選択を、レイラは初めて体験した。

「気持ちいいってことは、正解ってことよ。
それ、ジャズもいっしょ」

あっさり肯定されたので、レイラはそう?と眉を上げて苦笑した。
 

レイラは、相手の気持ちを読んで同調する癖が身についている。

人に見えない色が見えたり、他人の思いがわかってしまう、敏感さを受け入れてくれるのは、絵だけだと思う。クラスメイトに違和感をもたれないように、自分が本当に感じていることは、そっと握りつぶしてきた。



 

「なんかさ」

と、ベンは急にレイラに顔を近づけた。
「なに?」
レイラが訝ると、

今度は遠ざかって、目を細めながらレイラを眺めた。
 

「ずっと思ってたけど、、、
なんとなく、クッキリした感じない?」
「クッキリって、何が?」
「レイラの顔っていうか、、輪郭っていうか」
ベンは珍しいアートでも見るように、レイラの顔を凝視した。

「ヒドい。今まではボケ顔ってこと?」
軽く流しながら、レイラは、やっぱり、と思った。
朝、洗面台で鏡を見て、自分でもどこか印象が変わった気がした。

理由がわからないまま顔を観察して、いつもより長々と歯を磨いてしまった。

 

久々に大泣きした後遺症なのか。
謝らないまま部屋を出ていった、メルの細い肩。
一度だけ振り返ってレイラを睨んだ、大きな瞳。
なぜか、孤児時代のおばあちゃんの写真が重なって、

よけいに泣いた。泣いて、泣き疲れて思考が薄れると、
頭のなかが水晶みたいに透明になっていた。


 

「客観的に考えるとね、あの子の言うことって、
結構、当たってるんだ。
レイラなんて、フツウの子だし。

身内の絵なんて、

見る人には意味ないもん。
意味があるとしたら、、、
絵を通して、レイラを助けてくれた、

おばあちゃんの力が、

ちゃんと見る人につながったとき、

だと思う」

 


 

 

床に座りこんでいたベンは、うなずきながら

足を組み直して、腰ポケットに押し込んだスマホを

引っ張り出した。ベンは何が別の心配をしている。

 

膝にスマホをのせてぽんぽんタップすると
「にしても、その場所、謎だよ。」

と、その画面をレイラに見せた。
 

「検索しても、ヒットなし。あったの、これだけ」
 

画面は、有名なイギリスのモダンアートの画家が
絵の具の散ったシャツで、作品の前に立っている写真だ。
撮影場所として、小さくカフェの名が掲載されていて
「鎮魂画を制作」という説明書きがあった。
たまたま大きな震災が発生した年で、作品が公開されたのだ。

「そこ、どんなカフェなの?」

眼鏡越しのベンの目が、ちょっと真剣に光った。

「なんか、カフェっていうより古い図書館みたい。
古さでいうとここと同じくらいかな。でもここと違って
ちょっと緊張感がある」


「そのおやじ、いいやつ?」
 

「詐欺師ではないみたい。メルの暴言のお詫びだって、これくれたよ」

レイラは持っていた、藍緑色の磁器カップをベンに見せた。
 

「一点ものじゃん」
「カフェで出してる器は、みんなそうみたい」
「すげー」
 

ますます謎だと、ベンはカップの底をのぞきこみ、
鑑定人みたいに、眼鏡の位置を整えて裏印を探った。



 

 

「レイラが不思議なのは、あの壁なの」
黒い壁の前に立ったとき
ただの壁なのに、違う次元に吸い込まれるように
インスピレーションが湧いた。

イメージというよりも、もう知っていた答えを思い出す感じで。

未知の自分が、漆黒の向こうで待っている。
そんな空想をリアルに実感した。


「壁って、黒いのか、、、」

ベンは昔の宇宙映画に出てきた、「モノリス」という

不思議な黒い物体の話をした。
映画では哲学的に表現されていたけど、調べると

もともと、ひとかたまりの岩を意味するラテン語なのだという。
 

ベンがトランペットを吹くときも、

時々、見えないサポートが意識を広げてくれる。

ベンはその力に、とてつもなく巨大な宇宙の石を感じる。
石と行っても、固体ではない。ベンの音と一緒に

波のようにやわらかく震えているという。

マイルスの心臓」とベンは独特の表現をした。

こうしてまた「神、マイルス」の話になると、

ベンは無限燃料を得て、果てしなく熱弁をふるい続けるのだ。
ジャズなんて、レイラにとっては木星くらい距離がある。

レイラは、心地よい聞き役に回ってお茶をすすりながら、

ベンの情熱にただ憧れた。
 

窓から見える雲が、ベンの熱気を吸い込むように薄桃色に染まって、
ふうんわりと流れてゆく。

大笑いされたけれど、きっとベンは傷ついたレイラを思って、

最高の作品を見せたのだ。応援するつもりで。

けれど、オタク感極まる、その動画にレイラは困惑し、

これがアップされて、傷つく結果になったとき

自分がベンをなぐさめようと心に決めた。

なんか、ちぐはぐで、レイラは可笑しくなる。


 

 

*************

 

 


 

 

スケッチブックと、と鉛筆と、パステルが
レイラの机の上に常駐するようになった。
 

思ったよりも多彩なイメージが浮かぶので、レイラは
数日のうちにスケッチブックを何冊も買った。
こういう想定外は、心が弾む。
 

たぶんメルのことで

軸が定まったからだと思う。
ベンと、何ということはない話をしながら
自分だって、本当のことを色や形にする自由があると思えた。
どんな色や、どんな形を描いたっていい。

あたりまえだけど、、これは自分自身のことでもある。
 

 

ベンを思い出した瞬間、着信があった。
レイラはどきっとした。

こわくて、見ていないけど

おととい、動画をサイトにアップしたと聞いた。
きっと、ベンからだ。



「やっぱり」
 

「動画」というタイトルに、胃がきゅっとした。

一番落ち込んでいるタイミングのはずだから。


今度ばかりは正直なことを言ってあげるしかない。
マイルスだって初めはスルーされたんだよって
慰めになるかな。
 

何しろ初めて作ったのだし、

ベンはyou tuberになるわけじゃない。

音楽そのものは悪くないんだし。
 

短い時間に、あれこれ考えながら

レイラはハラをくくって文面を見た。

 


「成功」

 

の2文字が目に飛び込んで
レイラは、目を疑った。
 

 

インスタに上げた視聴者がいて、

もう何千人かが視聴してくれて
応援メッセージも来ているんだ、と

ベンは喜んでいる。


「え?なに、ジョーク?」

心の緊張が一気に解けて、
レイラはドリブル気味にアドレスをクリックした。

 

「ほんとだ」

 

再生回数は一万に届きそうなところで、
コメントの書き込みもある。

 

「こういうジャズもあるんですね!」

「カッコつけない感じがイイ。
これからも頑張ってください!」

「coooool !!!!!!」


 

ベンたちの思いの濃さと、没頭ぶりに

応援の言葉が、続々と書き込まれている。

 

 

スルーされても

ディスられてもいない。


レイラは唖然とした。

 


ベンは「カッコつけない」は、心外だが、
ワカるやつにはワカるね!と、
当然、という鼻息だった。
 

奇跡だ、、、。オタクの勝利。
 

レイラは

ちょっと泣きそうになった自分に気づいた。

 

 

つながりって、何というか

レイラの予想をはるかに超えている。

 

 


アレンジした慰めの言葉は、全く不要になり

レイラはただ「伝わったんだ!おめでとう」

とだけ打った。

 

それで終えようとしたけれど、

ベンが珍しく続きを送ってきた。



 

 

「Thx! レイラも思いっきり発信せよ。

それから、例のカフェにゆくときは、ターコイズを忘れるな!」

「なんで?お守り?」

「俺の直観。
謎の場所には、宇宙の仲間を連れてくとよし。

それに、ばあちゃんの石だろ。」

ああ、ベンもそうなのか、と
レイラは思った。

鉱物は調和的な音を出しているって、おばあちゃんは言った。
人間のようにぶつかり合ったりしない、静かな響き。

「宇宙のそよ風みたいな音」
と、レイラはつぶやいた。

 

あの空間にはどんな人が来るんだろう。

今度はカフェの音を聴きに

開店日に行ってみよう。

 

 

すると、耳の奧に

レイラを冷笑する、メルの高い声が響いて、

ゾクっとした。

 

 

そうだ。

 

 

あの子にも宇宙の風が吹いてる。

 

【続く】

 

 

宝石緑第一章の、これまでのお話は、右のテーマ欄

「【物語】満月のスープ」からお読みいただけます。

 

 

今日も最後まで読んでいただいて

ありがとうございます!

下記のジャンルに登録しています。

1日1クリック有効ということです。

よろしくお願いします!

 

 

 


 

エッセイ・随筆ランキング

 

 

 

 

 

 

 

『きのことかもしか』はこちらです→  ☆☆

『きのことかもしか』総集編です→  ☆☆