満月のスープ 20190419 光る水流を越えて Touch | 風のたまごを見つけた   

風のたまごを見つけた   

for pilgrims on this planet.
この惑星はなんて不思議!

 

voices from fullmoon of April

 

 

 

そこに

 

その細いほそい

 

光の糸に

 

わたしは

 

つながるのです

 

 

あなたが祈りと呼ぶ

 

あなたが無心と呼ぶ

 

あなたが一番

 

弱いと思う

 

あなたの

 

ひそやかな震えに

 

最大の愛が

 

もたらされるのです

 

 

それは

 

花のつぼみが

 

みずからを開く力

 

 

他の

 

何ものをも

 

寸分もおかさない

 

よろこび

 

 

わたしと手をとり

 

調和する

 

無限の力から

 

 

春は

 

静かにしずかに

 

咲くのです

 

 

 

Happy Easter

 

 

満月のスープ 第二章  3

 

 

 

 

おばあちゃんの家のキッチンは

土間にあった。 

窓から満月が見える

小さな台所に今も香る

幾種ものハーブとお茶の香り

満月の日は

ここに来てお湯をわかし

こころを開いて

なくなったおばあちゃんの

光のスープを 

静かに、飲んでみるのです。

 

レイラ

 

 

 

光る水流を越えて  Touch   


 

 

コーヒーを待っている間、
レイラは、この空間に自分は何を生み出せるのか、と考えて
漆黒の壁の前で、しゃがみこんでいた。
スケッチブックに描いた原案が、どうもしっくりこないのだ。
 

壁の脇には、これから絵を描く黒い板とちょうど同じくらいの
大きな窓があって
外の木の葉が、ガラスに触れるほどの近さで風に揺れている。
その揺らぎは、とても自然でやさしい。
 

目線を上げると

高い天井の梁が、レイラとメルの
怒声をおぼえているようで
顔が赤くなる。
 

レイラは、自分が無意識に胸元のターコイズを
握っているのに気づいた。
 

「ハートの中心に戻れ、レイラ」

ターコイズを見つめて、レイラは深呼吸した。
天気のせいか、気持ちのせいかはわからないけれど
石の青緑色は、日によって微妙に変化する。
あるときは明るい緑色に、あるときは藍色がかったり
今日の緑色は何となくシルバー色を帯びている。


 

「じっとしてなくていいんだよ、レイラちゃん。自由に」
ボーダおじさんが、カウンターからレイラに声をかけた。

「あ、はい」

レイラは立ち上がって、スカートの裾を直すと
ターコイズを握ったまま、壁沿いにゆっくり歩いた。
おじさんの声が響いたので
何人かの客が、一瞬、レイラに視線を向けたが
その視線には棘も好奇もなく、すぐに各々の世界へと戻っていった。

古くて、静かで、広々とした講堂みたいなカフェ。

ここで一番かわいいと思うのは、古い柱時計だ。
レイラの背丈くらいの高さで、文字盤がクリスタルで出来ている。
振り子部分のガラスには、星形の幾何学模様が彫り込んであった。

壁一面を埋めた古い木製の本棚には

革張りの背表紙や、レイラが見たことのない布装丁の本が
ひしめいていて、寄り添って置かれたこの大きな時計は

本の守り主みたいだ。

本棚の手前には、上段の本を取るためのキャスター付きの脚立が置いてあって、男の子が、その最上段で座り込んだまま本を読みふけっている。
 

中央の大テーブルの端の席には
分厚い本を枕にして、不格好に突っ伏したまま

ノートに何かを書き続けている子がいる。
 

窓側の壁沿いには、そこだけ新しい
ビタミンカラーのソファ椅子が、不規則に置いてあって
肘掛けに、本を広げたまま、

女の人が、目を閉じていた。
両耳にイヤホンを着けている。

 

どの客も、居るべくしてここに居る、という存在感。
レイラは母さんが買ってくれたよそいきスカートをはいて来たけれど
思ったよりも、カジュアルな同世代の客が多い。
そして、、、
あのメルの姿はどこにもなかった。

頭では、よかったと思ったけど
関わるべき相手の不在は、心に小さな寂しさを残した。





「あついから、気をつけて」
ボーダおじさんが、レイラにカフェオレボウルを手渡した。

「すごい量の本ですね」
「いや、これはまだ一部だよ。
絶版になった古い本や、本屋や図書館にない本がほとんどでね。
詩人やアーチストが、家族や友人のためだけに残した本もある。
世間に出回らない宝物を橋渡しするのが、私の役目でね」

おじさんは、レイラの所在ない気持ちを見抜いて、
わざとさりげなく尋ねた。
 

「普通の店と違って、ここは本目当ての客が大半なんだ。

制作環境としては悪くないと思うんだがね。
どうかね、君の絵の「扉」とつながるだろうか」

ここは、決して堅苦しい場所ではない。それなのに
全てが俯瞰図からみて正確に配置されたような、

管理された空気がある。
何気ない隙間も、かすかな意図を帯びているように、

レイラには感じられた。
おばあちゃんの家では、過去が物のなかに存在していて、
香りや色味や、雰囲気として歴史が伝わってくる。
けれど、ここは、まるで平面的なスクリーンに映っているように、

景色が軽い。なにか象徴的なもの、たとえばデザインや記号とかに
歴史が封印されている場所にいるようで不思議だった。
でも、それをどう言葉にすればよいかレイラにはわからない。



 

「思ったより、若いお客さんが多いですね」
レイラは、言葉にしやすい別の感想を口にした。
 

「それから、お客さんごとに違う陶器なんですね。

このカップも、手触りがとても素敵」
レイラが優しくカップを撫でるのを見て
ボーダおじさんの頬が輝いた。

「レイラちゃん、ちょっと見せたいものがあるんだ。
外の裏山に行かないかな」
 

おじさんは、いつも冷静沈着な目をしているのに
ときどき、あのグリーンマンの顔になる。
はい、とうなずいて、レイラも微笑んだ。

 



 

レイラはカップをテーブルに置いた。

振り向くと、おじさんは上着を脱ぎ、ズボンを上げながら
玄関とは反対方向に向かっている。

わけがわからないレイラに
ボーダおじさんは、こっちこっち、という手振りをして、
がらがらがらと、大きな窓をいっぱいに開けた。
さあっと風が入ってきて、おじさんのおでこを吹き上げる。

髪の乱れも気にせず、おじさんは
腰の高さにある、窓のさんに両手をついて、
よいしょ、とよじ上り
にこ、と笑うと

「おいで」と、細い目を輝かせてでレイラを手招きした。
レイラは、びっくりして窓に駆け寄った。
窓のすぐ外は、クローバーが茂ったなだらかな斜面になっている。
 

「え?もしかして、ここから?」
レイラが言い終わらぬうちに、
おじさんは、膝を曲げて、「はっ」と勢いをつけ
窓を乗り越えて、飛んだ。


 

 

よろけながら斜面に着地したおじさんは、
レイラを見て、目くばせをしている。
「あ、ありえないから、、」
レイラは膝丈のフレアスカートで
さすがに玄関にまわるのが正解だと思った。

けれど、外の太陽が心をくすぐる。
 

幸いまだお客さんは少ないし、誰も気にとめる感じじゃない。
というか、気にとめないふりをしてくれているのだろうか。

こころを決めて、なるべく音をたてず窓に上ってみると
斜面が続いていると思ったのに、窓のすぐ下には
細い小川のような水流が流れていて、きらきらと光を反射していた。

水流を超えて斜面に着地するには、
勢いと、ちょっとしたコントロールが必要だ。
 

「一張羅のスカートなのに」

不満な顔をしてみせたが、水流があることが、
かえってモチベーションを上げた。
おじさんは、支えてあげるから、という風に両手を広げている。
失礼ながら、あてにならないとレイラは思った。
自力でいこう。

懐かしいどきどきが、胸を駆け巡る。
レイラはスカートをおさえると、小学生の時みたいに、
えいっと、全力で飛んだ。

睫毛の先でキラリと太陽が揺れた。





「なんかいい気持ちです」
声がワントーン高くなっている。
おじさんは、どんどん斜面を上りながらうなずいた。
「だよね。子どもの頃、窓から脱走する冒険番組を見てね」
「はい」
「やってみたくてね。いいよね、窓からってね」
「はい」
一瞬で、景色が変わった気がした。

レイラは息を切らせながら、おじさんのペースで歩いた。
突然、父さんの顔が浮かんできた。
父さんなら、絶対玄関からしか出入りしない。
窓からなんて、泥棒みたいだって、きっと怒り出す。
男親って、みんなそうなものだと思いこんでいたけど、
おじさんの子どもは、すごく幸せだ。

 



 

「さて、ささやかな私の工房にようこそ」
 

開けた場所に出て、おじさんが汗をぬぐいながら言った。
三角屋根の下に建てられた、ドーム型の窯だった。
そばに束ねた薪が積み上げられていて、大きな水瓶もある。
「ここで、お店のパンを?」
レイラが尋ねると、おじさんは、ハハハと、レイラの背中を叩いて
裏手の建物に導いた。
 

作業所のような建物の前に木製の板を渡した棚があり、
白い陶器がいくつも乾かしてある。

「そうか、器はおじさんが?
ボーダおじさん、陶芸家なんですね」
レイラは思わず叫んだが、おじさんは黙ったまま、
陶器の乾燥具合を確認してゆくと、
そのひとつをレイラにそっと渡した。

「緊張します。焼く前の陶器に触るのは初めてです」

レイラは、乾いた土の手触りを味わってみた。
ほんの少しの比率で、

この土地から掘り出した土を使っているのだと

おじさんは言った。

「手触りは、とても大事なんだよ。
うちには相当な蔵書があるが、本だけで真実にたどり着けるわけじゃない。無意識で受け取ることの方が、ずっと深いところに届くのだからね」

おじさんは、そう言うと
そっとレイラから器を取って棚に戻した。
何かを手に取るときのおじさんの動きは、とても美しいとレイラは思う。
正確で無駄がない。頭がいい人独特の手の動きだ。

「それから、陶芸は私の本業ではないよ。

私はアーチストでは決してない。

ただ窯の火は、絶やしたくなくてね」

このあたりは先祖から受け継いだおじさんの私有地で、
地域に水道が普及するまで、ここの窯で

大きな水瓶を作るのが家業だったという。
斜面沿い残っている窯が、その名残だと指さした。
 

それはまるで、下半分が陸にうまって

尾をうねらしているくじらみたいな形をしていて、
レイラはオブジェを見ている気持ちになった。

 

帰りは玄関からだからね、安心してね、と笑うと
おじさんは大股で斜面を下ってゆき、またレイラに振り返った。

「うちに来る子たちは、みんな才能と豊かな感性を持ってるんだ
がね、ちょっと敏感というか、繊細な子が多い。

そのままで世の中に出るには、純粋過ぎてね」

レイラの頭にメルの顔がよぎった。

 

「彼らが持っている魔法に、

誰かが窯のような火の場所を与えなければね。

世間には、その純粋さが大好物の輩もいるんだ」
 

おじさんは、どっどっと斜面を下りながら

あたりまえのように話すのだけれど

おじさんの話は、時々レイラには難解すぎる。
 

「あの、火の場所というのは?」

「土を乾かしたままでは器はもろいよね。

自分を生かす知恵があれば、翼を折られることはない。

彼らの力は本来、世界をあたたかい場所に発展させてゆけるんだ。

別の視点で言えば、雛が卵のからを破って出てくる場所とも言えるかな」

はい、と答えたものの、謎が解けない顔をしているレイラに
おじさんは言った。

「わかるかな。真実を探そうとしているレイラちゃんもそのひとりだよ」
 

レイラはどきんとした。

レイラの真実は、いつもおばあちゃんから流れてきた。
その流れに触れると、自分が丸ごと受け入れられて

どこかからやってきた黒い濁流は力を失い、
こころが新しくなる。そして世界が優しい場所になった。
 

「私、絵を描くことの延長が画家になることなのか、わかりません」
レイラは、下ってゆく斜面を眺めながら、正直な心を打ち明けた。

「でも、絵は見慣れたものを、はじめて見るものに変えます。
身近なものに、ま新しく出会えます。
私、見る人が、新しく自分に出会えるような絵を描きたい。
おばあちゃんと会うとそうだったから。
あの子、メルにも、そう感じてもらえる絵にしたいです」

レイラの言葉にうなずきながら

おじさんは、言い足した。
 

「メルのことは気にしないでいいんだよ。
他人の思惑より、君自身と向き合いなさい。
そして、自分にやさしくなりなさい」

斜面の下りながら、初めておじさんの背中を近くで見た。
少し寂しそうに見えるのが不思議だった。

おじさんは何でもきちんと話してくれる。でも何か大切なものに

沈黙している。



外の空気に触れたせいか、

カフェに戻ると、ターコイズが明るい緑色に輝いて見えた。

緊張が緩んで、入り口に、テンペラ画のような小さな絵が飾ってあることに、レイラは初めて気づいた。


藍色の背景に、サンドベージュ。
宇宙にうかんだオウムガイのような絵だ。

 

「ここの門番みたいですね。

アーチストさんの作品ですか」
レイラが尋ねると、

おじさんは、ここに来る子が作品を置いていったのだと言った。

おばあちゃんの家にも、来訪者が置いていった創作品が
いくつかあるけど、ショートパスタに着色したネックレスとか、
クレヨンで描いた、おばあちゃんの絵とか、そんな類いだ。
こんな本格的な作品を置いてゆくなんて。


レイラが作者のことを尋ねようとすると
ショーケースのパンが足りなくなったのですが、、と
申し訳なさそうに客のひとりが告げにきた。

料金システムは、おじさんが考案した

パンとコーヒーのセット料金になっていて、
長居できるように、パンは食べ放題になっている。
おじさんは、

「困った、不良店主だよねえ」と

あわてて厨房へ走った。


綺麗なガラスケースに、ようやく
ブドウパンと、チョコデニッシュが並んだ。
私も手伝います、とレイラが厨房に向かおうとしたら
「パンの種類は、いつもこれだけなんだ」
とおじさんは、肩をすくめて笑った。

パン屋さんではないから、という意味だ。


レイラは、ちょっと意外に思った。
器もコーヒーも完璧。でも

ぶどうパンと、チョコデニッシュだけなんて。

いくら本目当てと言っても、
せめて、ジャムとかマーマレードがあったらいいのに。
おばあちゃんなら、きっと季節ごとに手作りのジャムとか

蜂蜜なんかを、そっと置いておく。
 

そうだ、今度来るときに、おばあちゃんの家で作った
ベリージャムを持参したらどうだろう。

おじさんの焼いた陶器に、
真っ赤なジャムが入ってゆくのを想像して

そして、お客さんたちが嬉しそうな顔になるのを想像して

レイラは、ちょっと楽しくなった。

 

まだ冷ややかに感じているこの場所に
小さなこころの置き所ができた気がして。

【続く】

 

宝石緑これまでのお話は右のテーマ欄からお読みいただけます。

第一章は「【物語】満月のスープ」から、第二章は

「【物語】満月のスープ 第二章」をお選び下さい。

 

 

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