満月のスープ 20190617 青い図書館 | 風のたまごを見つけた   

風のたまごを見つけた   

for pilgrims on this planet.
この惑星はなんて不思議!

 

 

Voice of Fullmoon of June
 

 

まぶたを閉じても
 

眠れぬ夜は
 

わたしと


お話しいたしましょう
 

 

       

   なんにも     
 

言葉はいりません
 

 

羽音もたてずに
 

  そっと降り   
 

 花心をのぞく、蝶ちょのように
 

 

まぶたの裏の、暗闇の
 

あなたの窓辺に

 

降りたって
 

こころの雨音聞きましょう。 

 

今宵、あなたに

 

降れるよう
 

重たい胸のカーテンを
 

やさしく開いてくれるなら
 

 

ぜんぶ忘れて
 

思い出す
 

銀の魔法のお話を
 

     光のせせらぎ、なつかしく      
 

陽が昇るまで聞かせましょう。

 

 


 
 

 

 

 

おばあちゃんの家のキッチンは

土間にあった。 

窓から満月が見える

小さな台所に今も香る

幾種ものハーブとお茶の香り

満月の日は

ここに来てお湯をわかし

こころを開いて

なくなったおばあちゃんの

光のスープを 

静かに、飲んでみるのです。

 

レイラ

 

 


 
満月のスープ 第二章 5

 


青い図書館  Blue Library 
  
 

ずっと降り続いた雨が上がった、とても静かな朝、
壁絵の構図が完成した。
レイラには完成した絵の、どこにどんな色が使われているか、
細部までありありと、感じられた。
 
深呼吸した。
 

こころがきらめいた。
 
 

机の引き出しには、ベンが送ってきた新曲CDが
封を開けないまましまってある。

一旦聴いてしまうと、自分に向き合う前に
ベンのエネルギーを盗んでしまって
自分の絵がぶれてしまう気がしたから。
 

やっと聴ける、とレイラは心でベンに呟いた。
 
雨が続いたせいか、
母さんは、このところ寝室に閉じこもりがちだ。
離婚のことじゃなく、仕事が忙しくて疲れているの、
と母さんは言う。久しぶりの穏やかな日だし、

構図もやっと完成した。本当は、おいしいお茶を淹れて、

ご飯を一緒に食べたかったけれど、
母さんの分を冷蔵庫に残し、レイラはひとりで食事をすませた。

そして、麻のシャツに着替えて、
夕べ磨いておいたターコイズを首にかけ、
原寸の下絵を、分割してコピーした用紙を束にして、
キャンバスバッグに詰めて、家を出た。
 
 
ベンの言葉は、時々まっすぐすぎて、

心に刺さる。

でも、台風みたいに

心の海に沈んだ淀みを浮き上がらせて、
あとで、きらっとしたものを地平線に残してゆく。


 そして、、

あり得ないことを考えてしまうことだってある。


「レイラの魔法を、大人のために
使わなくていい。親の世界なんて放っとけ!」
 
そう叫んだベンが、
そのあとなぜか、おばあちゃんの家で、
一緒に暮らそうと言い出す気がして
レイラはどきんとした。

もちろんベンは、そんな馬鹿なこと言わなかった。
あたりまえだ。
なぜ、そんな突飛な考えが浮かんだんだろう。

 

カフェまでは電車とバスを乗り継いで小一時間かかる。
車窓から、段々、増えてゆく木々の緑を眺めながら
レイラはその居心地の悪い謎を頭から追い出して
自分の世界に集中した。
 
バスを降りると、遠くにあさみどりの丘が見える。
 

レイラはまた、深く呼吸した。
新鮮な緑の香りで身体を満たすと、
カフェまでの道が足早になる。
 

細い路地を曲がり、赤い建物が見えたら
レイラは一度目を閉じて、ま新しい自分を意識する。
それからドアを押す。

ふわっと古い本の香りが脳を刺激して、
胸が高鳴った。
 

 

カフェには必ず同じ席に座っている常連客がいる。
大テーブルの端に、物理の本を何冊も重ねて座っているのは、
肩幅ががっしりした、すごく太った男の子だ。
シャツの前だけをパンツに入れて、だらしなく足を放り出しているけど
いつも几帳面なリズムで、ノートに何かを書きつけている。
取り放題のパンを、下品に山盛りにしているのが
すごく目立つ。でも、本人は一向に気にならないみたいだ。
 
窓側のソファには、まぶたに青白いシャドーを塗った、

春の花のような佇まいの女の人が座っている。
いつも、ソファの袖に古い詩や文学の本を置き、
極細の身体を傾けて読書に耽っているお姉さん。
 

くの字に曲げた人差し指に小さな顎を乗せて、
もう片方の手でページをめくる。
レイラが着くと、指から顎をはなし、
コンニチハのかわりの優しい微笑みを浮かべる。
 
シャイだけど、きちんと人と心を交わす人だと知ったのは、
ルバーブのジャムを差し入れた日だった。
カフェがちょっとざわざわするタイミングを見はからって
レイラの横にそっと立ち
「とても丁寧に作っていただいて、ありがとう。
おいしかった」と言ってくれた。
ここは静かだから、お礼の声が響いてしまうと
お姉さんは気恥ずかしくなるのだ。
 
 

おばあちゃんの家に人が来たときは、
笑い声や、誰かが何かを落とした物音や、
ふと懐かしい曲を思い出した、おばあちゃんのハミングや、
ちょっと楽しくなる雑音が満ちていた。

思えばこことは対照的だ。

 
「青い図書館」
レイラはこのカフェに密かにそんな名前をつけている。
外壁は赤いのに、中に入ると、会話の代わりに、
青い透明な水が人の周囲を巡っているように感じる。
静かだけど、それぞれの知性が活発に動き回っていて、
見えない活力が満ちているのだ、と最近気づいた。

 


 

レイラは脚立を動かして壁の前に設定した。
コピーの束を持って最上部に座り、
壁に貼ってゆく順番の確認してゆく。
けれど、緊張でぎこちなくなり
紙の束はレイラの手をすり抜け
ばさばさと床に散乱した。

下絵はソファで読書している、お姉さんの
足元にまで飛散してしまい
レイラは
「わあ、すみません」
と、あわてて脚立を降りた。

 
お姉さんは、そっと足元の紙を
集めると、立ち上がってレイラに紙束を手渡した。
その拍子に、お姉さんの手からペーパーバックが落ちて
今度はレイラがそれを拾いあげた。
 
手にした本の表紙にレイラは思わず見入った。
とても古くて雰囲気のあるデザイン。
 
The Heart Is a Lonely Hunter
 

タイトルだけでレイラの心に響くものがあった。
 
お姉さんはレイラの関心に気づいて、嬉しそうな声で言った。

「もう手に入らない本なのよ。街の図書館も所蔵してないから、
ここでしか読めなくて」

「マイナーな作品なんですか?」
 
「ううん、映画にもなった名作なの。でも
唖とか、つんぼ、とか今の出版にふさわしくない
言葉や状況がいっぱい出てくるから」
 
表紙のイメージとは結びつかなかった。

「私、あまり本読まなくて無知なんです。
過激な内容なんですね」
 
レイラがそう言うと、
違うわ、と、お姉さんはキッパリ否定した。
 
「繊細に、やさしく人間が描かれていると思う。
宝石みたいに美しくて、とてもとても悲しい物語よ。
残念ながら消しゴムで消されたみたいに世界から消えちゃった」
 
「とても、とても」といったお姉さんの声に

愛情がこもっていて、レイラは
タイトルを目に焼き付けて、本を返した。
いつか自分も読んでみたいと感じて。
 
「ここは、外の時間では見つけられないものが
たくさん見つかるの。大切な宇宙のカケラみたいな。。
レイラさんの絵も、きっとそう」
 
お姉さんは静かにそう励まして、またソファに座った。
レイラさん、と呼ばれたことに、胸が躍った。
もう少し話したかったけど
その人の大切な時間を邪魔してはいけない気がした。
 
レイラはコピーの束を抱えて、注意深く脚立に戻った。
 
私の絵も、大切なカケラになるだろうか。
本当に、ここに来る人と、つながる絵になるのだろうか。
まるで、これからの自分のことを真剣に考えている気がした。



 

 

「どうやら、カタチができつつあるみたいだね」
 
脚立の下からおじさんがレイラを見上げて声をかけた。
 
「あ、こんにちは。やっと、、、です」
 
レイラが脚立を降りようとすると、おじさんは
いいから、いいから、という手振りで続けた。
 
「ルバーブは一気になくなったよ。大人気でね。」
にこにことジャムの礼を言うと、おじさんは、小さく咳払いした。
そして、レイラに尋ねた。
 
「ご両親のこと、落ち着くまで時間がかかるんじゃないかな。
平気なふり、してないかな?」
 
おじさんは、本当に心配気だった。
 
「いいえ」
乗り越えたわけではないけど
そうは言えない。
 

 「そう?正直に言ってくれていいんだよ」

おじさんの気遣いに

レイラは、ちょっと素直な気持ちになった。

「あの、、ひとつ聞いてもいいですか?」
 
おじさんは気楽な顔で、もちろん、と頷いた。
 
「なんでだろうと思うんです。なんで大人は迷ってるんですか?」
 

レイラの問いが、あまりにも予想外で
「それはまた、、、」と

おじさんは、思い切り苦笑いした。

 

レイラは真剣だけど、

適当な笑いに変えて流されるんだろうな、

と半分思っていた。

おじさんは顎の下をぽりぽりと掻きながら、
一点を見つめた。そして
またレイラに向き直って答えた。
 
「大人はたいてい、見えるものだけを頼ってしまう。
だから途中でわからなくなるんだね。私も含めてだが」
 

あなたは迷ってない、とレイラが言うと
いいや、とおじさんは首を振った。
 
「私のように偉そうなことを言うやつはね、
たいてい迷ってることを隠してるんだよ。
何というか、、隠し方ばっかり上手くなる」
 
 
「じゃあ、レイラが大人になっても、
やっぱり迷ってしまうんでしょうか」
 
「少なくともいま君は見えないものを、ちゃんと感じて生きてる。
大丈夫だよ。一番大切に感じるものを、ひとつひとつ

選んでいけばいい」


 

本当に大丈夫なのだろうか。
おばあちゃんもいなくて、両親もばらばらで、
自分の大切なものなんて見定められるんだろうか。


そう案じているレイラを察して、おじさんは
「それからね、迷うのが悪いわけでもない」
と、言い足した。
 
「君のように深く感じて生きる子は、
同世代の子より早く人生を進むことになる。
周りと違うことが辛くて、迷うかもしれないが
自分を大切にすれば、やがてそれが贈りものだと気づくと思うよ。
私は理屈ばかりで、何もわかってはいないが、

でももし迷ったら、相談には乗れるから」
 

 

おじさんはほかのおとなと違っていた。
レイラの本音に正直に向き合ってくれたから。
ちょっとジンとした。不思議な人だ。
 
「励みになります。
自分がしっかりしなきゃって、レイラは今思ってて」
 
おじさんは、あんまり背伸びしないことだよと、
コンと脚立の脚をたたき、
「私は窯にいるから、何かあれば声をかけて」
と外に向かった。
 
そして入り口のところで
もう一度レイラに振り向いて、
壁絵の場所を指さし、よろしくと丁寧にお辞儀をした。
そう、レイラはここでは
依頼を受けた、ひとりの画家なんだ。

 

 

 

 

鉛筆書きの構図の断片を壁に貼ってゆくと、
レイラの絵が、少しづつここに迎えられてゆく気がする。
けれどそれは、
優しい、おばあちゃんの抱擁を離れて

新しい空間に出てゆくこと。
レイラの扉の向こうに何があるかは
今は全くわからない。

おじさんが出て行った扉に
ぼんやり視線を送ると
入ってきた女の子と、いきなり目が合って
レイラはヒヤリとした。
 

メルだった。
 
メルは下絵を貼った壁に気づいて、
じっと見た。そしてまっすぐ

レイラのいる脚立に歩いてきた。

きゅっきゅっという冷たい足音に

身体がピリピリする。
 
「ばあさんの絵は、やめたのね」
静かな空間に、メルの高い声が響いた。
レイラが何も言わず、頷くと
メルは、胸に手を当てて

大袈裟にほっとしたジェスチャーをした。
 

「あぁ、よかった。うー、心臓に悪い。

身内の肖像なんて、おばさんのサロンみたいで

ゾッとするもの」
 

メルは、ガラスケースを開けて、パンを品定めすると、
チョコがゴロっと入ったデニッシュを選んで、

ラッキーという顔をした。そしてさりげなく言った。

「この前に描いた人、世界中のストリートで描いてたの。
戦地とかにも行って。本物のアーチストってすごいわ。
部屋中にエネルギーが伝わって、来る度に元気になった。」
 
トンとケースの戸を閉めて、レイラを見上げた目には

薄笑いに隠した、挑発の光が見えた。


一瞬、血の流れが止まる気がしたけど
レイラは
「そう」

と何でもない顔をした。

レイラはレイラにできることをやると
頭で思った。とても冷静に。
けれど心は
ああ、おばあちゃん!と、
今すぐ、あの大好きな庭に戻って、
たったひとりで絵を描きたい衝動にかられる。
 



 

 レイラは、改めて構図を眺めた。
 

正解はない。
自分が覚悟をもてるかどうかだ、と
レイラは思った。

 

ベンは音楽はノーバーサスで、協力し合って生まれるっていった。
でも絵はひとり。
レイラはどこまでもどこまでも、ひとりで描くんだ。
レイラは脚立の上で、ペンダントのターコイズを握りしめた。


「レイラ」
 

背後で、聞き慣れたベンの声がした。
一瞬、空耳かと思った。
 
振り向くと、それは空耳ではなくて
寝癖のついた前髪をピンと立て、
所在なさげに立っている、本物のベンだった。
スリーピングビューティのバングルが腕に光っている。
 
レイラはもう、
脚立から転げ落ちそうになるくらい驚いた。

 

こういう予測不能なベンの行動は、
オタクならではの積極性というべきなのだろうか。
今日は何て日だろう!

 
「すっげー、迷った。メチャクチャわかりにくい、ここ」

あっけらかんと、頭を掻いているベンに、 
レイラは、ふっと緊張がゆるんだ。

急にアウェーを抜けた気分だ。


レイラがほっとして声をかけると、

同時にメルがあの高飛車な声で、
ベンにピシャリと言い放った。
 
「誰?アーチストさんのお知り合い?」
その高い音にレイラの声はかき消された。

ここは誰が来たっていいはずだ。
まるで門番気取りのメルを
レイラは憎らしいと思った。

 「あたしの友だちなの」
と、レイラがいうと、
メルは、トモダチという言葉が
腑に落ちない顔でベンを見た。
知らない生き物を見るような、
距離を置いた目つきだ。
 
ベンは決まり悪そうに
「長居するつもりはないんだ。バイトあるし」
と、レイラに囁いた。
 
「もしかして、あなたも絵描き志望?」と
メルは皮肉った。
 
「いや、違う。俺はジャズ」
ベンがあっさりそう答えると、メルは
大きな瞳をこれ以上ないくらい見開いて
「ジャズ???」と聞き返した。

どこにも接点が見つからず、

下手なジョークを聞いたように

メルの口もとがゆるんだ。
 
「あ、、正解に言うとジャズトランペット」
ベンは、珍しくちょっと頬を赤くした。
 
「きゃははははははは」

と、ついにメルは、
おなかを抱えて鳥みたいな声で笑いだした。
どこまでも、外見とちぐはぐで
面白くてたまらないのだ。

メルは、ようやく合点がいったように
「変わりもの同士の絆ってやつね」

と、ベンとレイラをかわるがわる見た。


そして、笑いをこらえるのが苦しそうに言った。
「こないだ、ここで読んだの。
そういう奇妙な友情って何て言うか知ってる?
アウトサイダーアウトサイダーリレーションシップ」
 
メルは爆笑したが、
ベンと目が合って、笑うのをやめた。

 レイラには、メルの気持ちがわかる。
ベンはオタクっぽさのある子だけど
どこかに笑わせない雰囲気がある。
そのままメルは、クルっとそっぽを向いて
離れて行った。
 
レイラは、ベンに小声で謝った。
「あの子なんだ喧嘩した子」

ぼうっとしているベンに
レイラはもう一度謝った。

「ごめん。気にしないで」
 
「いや、いいんだ、、

すごいな」

え?とレイラはベンを見た。

「すっげえ、いい声してる、あの子」
 
ベンはじとメルの後ろ姿を見つめていた。
レイラは、こころがざわっとするのを感じた。

 

【続く】

 

宝石緑これまでのお話は右のテーマ欄からお読みいただけます。

第一章は「【物語】満月のスープ」から、第二章は

「【物語】満月のスープ 第二章」をお選び下さい。

 

 

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