[Reborn]


和30年代に生まれた私達は
まだベビーブームの中にあり
各学年のクラスも
かなりの数に登った。
その為に受け入れる学校も少なく
遥か遠くの学校まで歩く
登下校の毎日だった。
道中、田んぼの畦道を歩き、
川べりの鮒やドジョウを見つけ、
石ころを蹴りながら、
四季の移り変わりを味わった。
そんな中、
小学4年生の夏休みに
プール学習後の教室で
友達4人と秘密の約束をした。
それは学校の裏山にある
"防空壕の探検に行く"というもので
学校側は崩れる危険を考慮して
決して行くなと禁止していた。
しかし、
好奇心満載の私達は聞く耳も持たず
防空壕の前に集合して、
それを決行した。
恐る恐る前屈みで2㍍も入ると
ぶ厚い岩盤のお陰で
とても涼しく快適だった。
欠点と言えば
古本屋や朽ちた民家の様な
カビ臭さが立ち込めて
それがうっすら服について
とても嫌だった事。
しかし、 
4人だけの防空壕で食べる
駄菓子の味は格別に美味しいかった。

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盆に入った頃、
カブト虫やクワガタ虫を
取りに行こうと電話約束をして
いつもの防空壕前に集合した。



もちろん前日には
クワガタ虫などを捕獲する上で
ナラやクヌギの木に
樹木の下部に蜂蜜を塗る。
手が届く位の幹には
ストッキングに入れたスイカ、
そして開いた傘を吊り下げる。
朝日が昇るとクワガタ虫は
樹皮の間や落ち葉に身を隠す。
装備は長袖のシャツや長靴を履き
蚊やスズメバチ、マムシから
身を守る事も忘れてはならない。

の4時頃、
防空壕に集まった私達は
リュックサックからペンライトを出し
さらにその上の斜面を登って行く。
すると、えぐれた山肌に
3㌢くらいの黒い物体が
無数にくっついていた。
クワガタ虫の様に見えたが
そばで見るとその物体は
長い触覚と細い胴体、
キィキィと擬音を発する
かみきり虫の大群だった。
あまりの数の多さと気持ち悪さで
すぐさまその場を後にした。

印をつけたもう一つの場所は
各々のペンライトで辺りを照らし
樹木の割れ目や
ストッキングの中のスイカを
真っ先に覗いた。
お目当ての昆虫はおらず
クヌギの木を蹴っても
開いた傘には
一匹も落ちてこなかった。


ワガタ虫の習性は
木の根っ子や樹皮のたわみに潜り込み
樹液を吸っている。
それを目視で捕獲するのだが
中でも大クワガタは居場所が特別で
小さな物音がすれば
すぐに逃げてしまう繊細な昆虫。
よって、その姿には
滅多にお目にかかれない。


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の朝は
未だ一匹も取れない結果に
私達は苛立ちを感じ始めていた。
最後の手段として一本の木に
一回だけの蹴りを入れる。
ミヤマクワガタやコクワガタは
その一撃で落下するのだが
獲物は皆無。
辺りの木々も試みたが
なかなか捕獲できなかった。
ざこ(かみきり虫・カナブン)には
目もくれず探していると
時はすでに昼過ぎになっていた。
食事にしようと一度防空壕に戻り
仲間のお母さんが作ってくれた
おにぎりをその中で
食べることにした。

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だの塩結びが
格別な旨さで腹に染み渡った。
旨い、旨いと騒ぐ私達。
一瞬顔のすぐそばに
妙な気配を感じたが
その時は気のせいだと思い込み
無性におにぎりを頬張った。
涼しい防空壕で
満腹になった私達は
程よい睡魔に襲われ
リュックサックを枕に
夕方まで寝てしまった。

ッと妙な違和感で目が覚めた。

“自分の顔の上から
 目に見えない
何かに覗かれている”

薄暗くなった洞穴に
姿は見えなかった。
隣りの友達を起こして
ヒソヒソとその事を伝えたが
実は友達もそれを感じていて
怖くて目を開けれないまま
寝たふりをしていたらしい。

"間違いなく見えない何かがいる!"

かに皆を起こし
慌てて防空壕を出た。
転げそうになりながら
坂道を下る私達。
やっとの思いで
森の切れ目までに来た時
後ろを確認すると
大きなオレンジ色の光
追ってくるではないか。
その物体を煽る様に
来るなら来てみろ”的な言葉を
誰かが投げかけた。
するとどうだろう
夕暮れの森に浮かぶそれは
明らかに速さを増して
こちらに下ってくるのが分かった。
炎の中に顔らしきものが見えて
益々怖くなり
みんなは森の脇へと隠れ
地面にひれ伏しながら
通りすぎるのを待った。
S字カーブまで来た炎の顔は
隠れる私達の横を通りすぎ
やがて直線になった坂道で消えた。

も坂道を下ろうとしなかった。
いや、怖くてできなかった。
割りと土地勘のある私達は
そこから横方向に向かってから
再び山へ登り
裏山から別ルートで帰ることにした。
真っ暗な森の中で
みんな黙々と歩いた。
何時間か迷子の様に歩き、
やがて一軒の家の明かりが見えた時
怖さと安堵が一気に吹き出し
全員大声で泣いた。

んとか無事下山したみんなは
それぞれの家で怖い思いを話した。
私も同じくそれを母に熱く話したが
3日後、
原因不明の嘔吐と高熱を発症し、
大阪でも有名な伝染病院
緊急入院させられた。
一ヶ月間の隔離ののち
症状が改善し無事退院できたが
疑似ジフテリアという犬が発症する
病原菌の疑いだったと
あとからそれを母から聞いた。
鉄格子の中で傷ついた子供心は
しばらく癒される事はなかった。

でも、
クワガタ虫を見ると発作的に
あの日の事を思い出すし、
謎のオレンジ色の顔が
私の記憶の中で
いつまでも燃え続けている。
鈍い光を発しながら。