カトリック社会学者のぼやき

カトリシズムと社会学という二つの思想背景から時の流れにそって愚痴をつぶやいていく

遺伝子改変作物 ー ポストゲノム時代のパラダイムシフト(5)

2019-11-09 14:25:57 | 神学


③遺伝子改変作物(遺伝子組み換え作物)

 食品関係でラウンドアップ Roundup という言葉を聞かれたことがあるだろうか。スーパーで買い物をすると「遺伝子組み換えです」「遺伝子組み換えではありません」と表記された商品を手にすることが多くなった。ラウンドアップとは強力な除草剤のことで、それがもたらした効果と弊害(ヒトへの発がん性)は大きかったようだ。それに遺伝子操作により耐性をもつよう作られた作物を遺伝子組換え作物、ラウンドアップレディ Roudup Ready と呼ぶようだ。日本では大豆、トウモロコシ、ジャガイモなどで使われているようだ。

 今までのゲノム編集はもっぱら人間を対象とする話だった(1)。他方、ゲノム編集は遺伝子改変された農産物や水産物の開発の世界でも急速に進んでいるという。角が生えない乳牛、筋肉隆々の牛、病気に強い小麦や大豆の話など、われわれも見聞きしたことがある。人間に対するゲノム編集には厳しい眼が向けられているが、こういう遺伝子改変作物については現在のところまだ社会的にも、専門家の間でも、評価が定まっていないようだ。高垣氏は強い批判的視点をお持ちのように聞こえた。
 氏は、ラウンドアップに耐性をもつ GMO(Genetically Modified Organism 遺伝子組み換え作物)について説明に入られた。ラウンドアップはアメリカのモンサント社が1970年に開発した除草剤だが、2018年にはこれが原因でガンを発症したと訴えられ、敗訴。バイエル社に買収されたという。アメリカの農地の汚染がひどいことをいくつかの例を挙げながら詳しく説明された。
下図は、世界のGMO生産マップだという。

 

 


 氏は BT剤 の危険性についても少し説明された。BT剤とは、微生物を使った殺虫剤で、中国・インド・アメリカで広く汚染問題を引き起こしているという。
 細かいことは参考文献を読めと言うことで、まとめに入られた(2)。

④優生学 Eugenics

 高垣氏が最後に取り上げられたのは優生思想のことらしい。もっぱら優生学の説明をされ、「進化医学」 Evolutionary Medicine に言及された(3)。

 優生学というのは1883年にF・ゴルトン(ダーウインの従兄)が提唱した学問で、「自然選択説」の延長だという。「生物の遺伝構造を改良することで人類の進歩を促そうとする科学的社会改良運動」と定義されるそうだ。社会運動として実行された点が興味深い。他方、人種差別や障害者差別を正当化する理論にもつながったらしい。

1881 A・G.ベル 聴覚障害は遺伝するので、遺伝しない結婚を奨励。移民の制限を提起。
1896 コネチカット州などでてんかん患者などの結婚を制限する結婚法。
1907 インディアナ州で断種法が制定。1923年まで全米32州が制定。
1910 ダベンポートがカーネギー研究所内に優生記録所を開設。
1933~45 ナチス政府による「不適格者」強制断種、強制的安楽死計画、積極的優生政策
        民族浄化政策
1948 日本 優生保護法(遺伝性疾患・精神病・精神薄弱ライ病者などに強制断種)
     1996年法改正で母体保護法に

 優生思想とは、身体的・精神的にすぐれた能力を持つ者の遺伝子を保護し、逆にこれらの能力に劣っている者の遺伝子を排除して、優秀な人類を後世に遺そうという思想のことだという。こう表現すると何か悪い思想のように聞こえるが、研究者の世界では難しい問題を提起しているようだ。
 例えば、出生前診断にもとづく妊娠中絶や、着床前診断は「胎児や受精卵の排除」であるのに対し、「ゲノム編集によるヒト受精胚の遺伝子変異の修正はそれ(遺伝性疾患)を回避できる可能性がある・・・科学的にすぐれた方法と言うことも出来る」(4)という意見も強いらしい。
 これは、優生思想を一概に悪い思想とは片付けられないということなのであろうか。それともゲノム編集は思想とは関係ありませんと言うことなのだろうか。「人が病気や障害を持って生まれないようにする」ことは大事だと思うが、こういう考え方自体が優生思想が入り込んでいる、というのだろうか。なにかポリティカルコレクトネスみたいに聞こえる。高垣氏は個人的意見ははっきりとは表明されなかったのでお考えはわからなかった。

 氏は最後に冗談を言われて締めくくられた。先日の講演会で質問があり、旧約聖書には女は男のあばら骨から作られたと書いてあるが(5)どう思うかと聞かれた。答えようがなかった。みなさん、そんな質問しないでください、というものであった。
 ということで、この後の質疑応答はかなり熱を帯びたものであった。私の印象に残ったのは、「人間の生命の誕生の瞬間は受精の瞬間か着床の瞬間か」という問いに氏が言下に「やはり着床でしょう」と答えておられたことだった。
 帰り道、友人といろいろと印象を語り合ったが、こういうゲノム編集についてカトリック教会は何と言っているのか知りたいものだということになった(6)。今回の講演会を開いてくださった栄光同窓カトリックの会に感謝すると共に、高垣氏の信者としてのさらなるご活躍を期待したい。



1 最先端の話題では、着床前診断、デザイナーベビー、エンハンスメント(強化) などの問題ががあるようだ。どれも「望ましい子ども」「すぐれた子ども」を作る技術だ。重篤な遺伝性疾患のある子どもを持つ親にしてみれば遺伝子治療は希望の光だろう。他方、そのために受精卵を選別することが倫理的にどこまで許されるのか。「先天的な難病は根絶されなければならないのか。障害を持って生まれてくることは悪いことなのか」。倫理学はなんと応えるのだろうか。
2 山田正彦 『売り渡される食の安全』(角川新書 2019)
3 井村裕夫『進化医学ー人への進化が生んだ疾患』(2013)
4 青野由利『ゲノム編集の光と闇』219頁 (2019)
5 「神である主は、人から取ったあばら骨で女を造り上げ、人のところへ連れて来られた」
  (創世記 2:22 聖書協会共同訳)
6 「しかし、カトリックのブックレットも触れていたように、フランス医学アカデミーはヒト胚・生殖細胞系列細胞へのゲノム編集による研究の必要性を強く打ち出している。・・・」香川知晶 「われわれはいかなる世界を望むのか」(Web) 『現代宗教』(2019)78頁 国際宗教研究所

 

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