1.慎二の独白
<その③>
俺のアニキは、弟ながらすごいと思う。昔からスポーツ万能、成績優秀。時々、マシンのように見える時さえある。
ただ、こんなアニキにも苦手なことがある。それは……
(自宅の中華ソバ屋を店番中のイガラシ兄弟。兄・イガラシが、店前をホウキで掃いていると、一人の女子生徒が通りかかる)
野村さん(女子生徒):あらイガラシ君、こんにちは。
イガラシ:よう、野村じゃねぇか。いま帰るトコか?
野村さん:ええ。イガラシ君……今日は野球じゃなく、店番なのね。
イガラシ:ああ、部活も引退したし。ヒマな時ぐらい、少しはオヤジとオフクロを手伝わねぇと、バチが当たらぁ。
野村さん:ウフフ、あんがい家族思いなのね。
イガラシ:よ、よせやい(少し顔を赤らめる)。
野村さん:と……ところでイガラシ君。あたし、ちょっと髪型変えたんだけど。どう?(髪を少し短くしている)
イガラシ:ど、どうって……ワリィ野村。俺、男兄弟しかいねぇもんだから。女の髪型がどうとか、分からねぇんだよ。
野村さん:そ、そう……それじゃあね(つまらなさそうに帰っていく)。
イガラシ:なんでぇ、アイツ……
(店の奥から、慎二がひょっこり顔をのぞかせる)
慎二:ダメだなぁ、アニキ。
イガラシ:な、なにがだよ(少し怒った顔で)。
慎二:いまのコは、アニキにホメてほしくて、ああして尋ねてきたんだよ。だったら、もっとマシな答え方をしないと。
イガラシ:むっ……なんだよ、そのマシな答えって。
慎二:髪型のことなんか、分からなくていいんだ。カワイイとかよく似合ってるとか、てきとうにホメておけばいいんだよ。
イガラシ:うむ……そ、そうか。分かった。
(三十分後、別の同級生の女子生徒が通りかかる)
木村さん(女子生徒):こんにちは、イガラシ君。
イガラシ:よ、よう木村(店前の落ち葉を集めながら)。
木村さん:フフ……ね、ねぇ。今日のあたし、どう?
イガラシ:へっ?(戸惑った顔で)どうって……あっ(慎二のアドバイスを思い出し)か、カワイイと思うぞ。
木村さん:うそだぁ。じゃ、どこがカワイイか言ってよ。
イガラシ:ええーっ!(困惑顔で)
(さらに一分後)
イガラシ:……な、なぁ慎二。オメーまた、いい加減なコト言ってねぇか? いま木村のやつが「どこがカワイイ?」って聞くもんだから、「頬のニキビが」って答えたんだ。そしたら、あいつ怒って帰っていきやがんの。
慎二:(あちゃあ……と額に手を当てる。空を仰ぎ、独り言)ちがう。アニキ、そういうことじゃないんだよ……(苦笑)
【完】
<その④>
俺のアニキは、弟ながらすごいと思う。昔からスポーツ万能、成績優秀。でも残念なことに、女心がサッパリ分からないので、ぜんぜん女の子と親しくなれない。
でも……時々無自覚に、女の子をキュンとさせたりするものだから、アニキはまったく罪な男だ。
――放課後の三年生の教室にて。
先生:あ、鈴木さん。ちょっといいかしら。
(真面目な女子生徒)鈴木さん:は、はい……
先生:悪いんだけど、廊下の掲示板のポスターを貼り換えるの、手伝ってもらえないかしら?(←まったく悪気はない)
鈴木さん:え……あ、はい。分かりました……
(その時、傍で見ていたのがイガラシだった)
イガラシ:先生、ちょっといいスか。
先生:なぁにイガラシ君。
イガラシ:さっき玄関に、鈴木の母親が迎えに来てましたよ。なにか急ぎの用があるみたいでした。
鈴木さん:(驚いた顔で)えっ、そうなの?
先生:まぁ。それなら仕方ないわね……気をつけてお帰り。
(廊下を出て、階段を降りていく二人。鈴木さんは、どうも足元がおぼつかない)
イガラシ:……おい鈴木、平気かよ?
鈴木さん:だ、大丈夫。それより……うちのお母さんが来てるって。
イガラシ:ばーか、ありゃウソだ。
鈴木さん:ええっ!(声を上げる)どうして、そんな……
イガラシ:鈴木。おまえ今日、ずっと具合悪いんだろ?
鈴木さん:え……(ハッとした顔で)ど、どうして分かったの?
イガラシ:おまえのイスだよ。
鈴木さん:い、イス?
イガラシ:おまえマジメだから、いつも席を立つ時、イスを机の中に入れてるだろ。けど今日に限って、三回も出しっぱなしだった。それによく見ると、顔色もよくねぇし。やせ我慢してるんだろーと思ったぜ。
鈴木さん:……た、大したことじゃないの。きのう弟が熱出しちゃって。お母さんだけだと大変だから、うちも一緒に看病して、寝るのが遅くなっちゃって。
イガラシ:そういう時は、正直に言うもんだ。おまえ少しは自己主張しねぇと、いつも損な役目を押しつけられることになるぞ。
鈴木さん:わ、悪かったわね。
イガラシ:まーでも……俺はおまえみてぇなお人好し、キライじゃねーよ。
鈴木さん:……あ、ありがとう(ボソッ)
イガラシ:よせやい。おっと、そうだ……(学生鞄から、ビニルに包んだリンゴを取り出す)これやるよ。給食の時、他のやつからもらったんだ。弟が熱出してるのなら、すりおろして食わせろ。そしたら少しは良くなって、おまえも今日はぐっすり眠れるんじゃねーか。
鈴木さん:……う、うん(少し涙ぐむ)
イガラシ:ばか、なに泣いてんだよ。それより、さっさと帰らねーと、ますます具合悪くなるぞ。んじゃあなっ!(背を向けて、玄関へ駆け出す)
鈴木さん:(一人残され、クスッと笑う)……もう、イガラシ君たら。
【完】
2.丸井刑事
「シャーロック・コンドウ」
近藤:やぁやぁ諸君。今宵もワイ、名探偵シャーロック・コンドウの活躍、とくとご覧になりなはれ。
(レトロなジャズのBGM)
闇に消えたジュラルミンケース・三億円事件。キツネ目の男・グリコ森永事件。この現代日本にも、謎に満ちた怪事件は後を絶たない。
(突然、スポットライトがつく。そこはステージ。ロングマントにハンチング帽のシルエットが浮かぶ。男はこちらを振り向き、ムダなキメ顔)
しかしどんな難事件も、このシャーロック・コンドウの手にかかりゃ、鍵の開いたドアも同じ、見事解き明かして見せまっせ。さあ諸君、今からワイ、シャーロック・コンドウの……
丸井:やかましい!(スコーン)
(部屋の明かりがつく。丸井がスリッパを手にし、こめかみに青筋を立てている)
近藤:テッ。な、なにしますの。
丸井:そりゃ、こっちの台詞だ。
丸井: 研修資料作成のために、未解決事件のファイル読み込みを命じたはずだろうが。それを一人で、なにホームズごっこしやがって。
近藤:べ、べつにええやないですか。気分を盛り上げようと思うたんです。
丸井:気分で事件が解けるかー!!
「怪盗マルセーヌ・マルパン」
(暗闇に、懐中電灯の明かりがグルグルと回る。「ル〇ン三世」のOPテーマ)
丸井:フフフ……ごきげんよう、皆の衆。私は世界各地に眠る謎とお宝を、こよなく愛する男。私の手にかかれば、たとえ難攻不落の城だろうと、堅牢なセキュリティだろうと、藁の家も同じ。この私・怪盗マルセーヌ・マルパンの行く手を阻めるものは、何もないってことだ。(←注:すべて独り言)
某国の王女:待って、マルパン様!
丸井:む……どしたい、お嬢さん。
王女:おねがいマルパン。宝石と一緒に、わたくしも盗んで。もう籠の鳥はイヤなの。
丸井:(人差し指を立て)チッチッチッ。お嬢さん、それはできない相談だぜ。
王女:そんな、どうして……(涙声)
丸井:人さらいは、私の主義に反するのでね。
王女:なぜ? このわたくしが、頼んでいるのよ!
丸井:すまないお嬢さん。いくら私にも、盗めないものがある。分かってもらう自信はねぇが……ま、男には自分の世界がある。たとえるなら、ひとすじの流れ星、ってね(ムダなキメ顔。「ル〇ン三世」歌詞のパクリ)
王女:マルパン……
丸井:では……(頭上にロープが垂れてくる)さらばだ(ロープにつかまり、引き上げる)。
※注:ここまで丸井の一人二役(笑)
丸井:フフ。きれいな女にゃ、涙が似合うぜ。
谷口:……どうしたんだ丸井?
(突然部屋の電灯がつけられる。そこは取り調べ室。鉄格子の向かいに、谷口と近藤の姿)
谷口:取調室の掃除へ行ったきり、なかなか戻ってこないものだから来てみたら。こんな薄暗い所で、何をブツブツ言ってるんだ? 怪盗がどうとか……
丸井:い、いやその……(顔真っ赤)
近藤:あーっ。さては丸井はん、ルパンごっこしとったんですね? 人のホームズごっこを怒っといて。
丸井:ば、ばかいえ。忘年会の余興の練習だよ。オメーみたいに、遊びじゃねーんだ。
近藤:またそんな、ヘタな言い訳なんかして。こんな所でコソコソ隠れて。
丸井:人前だと、集中できねぇだろうが。
谷口:(心内語)なぁ二人とも……そもそも隠れてまで、やりたいモノなのか?(困惑)
【完】
3.半田君の俳句教室
半田:みなさんこんにちは。墨高野球部の選手兼マネージャーの半田です。
この企画は、いつも野球ばかり熱心になりすぎて、つい勉強がおろそかになりがちな部員達に、少し教養を身に付けてもらおうと、ぼくと部長の二人で考えた企画です。
半田:では……丸井から。
丸井:む、ホイ(短冊を手渡す)
半田:では読んでみてくれない?
丸井:おうよ。んんっ……(喉の調子を整えて)
「炎天下この一球に賭ける夏」
どうだっ、切れのいいフレーズだろ。へへん!(自信たっぷりに)
半田:ううん、これ<才能ナシ>だね。
丸井:はりゃっ(ずっこける)。な、なんでだよっ!
半田:まずね「炎天下」も「夏」も、両方とも季語。これは<季重なり>といって、初心者には良い手じゃないんだ。
丸井:は……キゴ? 季重なりって……(目を白黒させて)
半田:(そ、そこからなんだ……苦笑)
丸井:よ、よく分からねーが。エラソーに言うなら、どう直せばいいかぐらい、分かるんだよな?
半田:もちろん(キッパリ)。この場合、まず「夏」はいならないよ。「炎天下」とあれば、季節は夏に決まってるもの。
丸井:そ、そういやぁ……
半田:それと「この一球に賭ける夏」というのも、ポスターのフレーズみたい。丸井、ほんとに自分で考えた?
丸井:(ギクッとして)も、もちろんだよ。
半田:でもこれだと、野球だと分からないよ。ええと、丸井は打つのと守るの、どっちを書きたい?
丸井:そんなの選べるか。両方あってこと野球だ!(少しムキになっている)
半田:うん、だったらそれでもいいよ。
丸井:……へっ?(拍子抜け)
半田:あのね「一投一打」って言葉あるでしょ。
丸井:は? マッコウクジラ?
半田:……(どんなカン違いだよ、、)「一投一打」。投げる、打つ、と書いて。
丸井:あっああ、それかい!
半田:ほんとに分かってる? ま、いいや。こう書けば、一つ一つのプレーに気持ちを込めてるって感じがしてこない?
原句)炎天下この一球に賭ける夏
添削句)→この一投一打に賭ける炎天下
丸井:おおっ。なんかよく知らんが、カッコイイ!
半田:でしょう? 具体的な映像を書けば、イメージしやすくなるんだ。
丸井:なんで野球は、フライの行方をイメージできないかね。
半田:あらっ(ずっこける)。
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