山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

173:天狗になってはいけない

2019-10-23 | 小説「町おこしの賦」
173:天狗になってはいけない
 恭二は、背番号21をもらった。スパイクは自前で調達した。朝練に参加するたびに、恭二の球速は上がった。肩は快調だった。そして、シート打撃練習のときがきた。
守備位置に控え選手がつき、恭二はマウンドに立った。柴田が、マスクをかぶっている。レギュラー選手は、一番から打撃ボックスに立った。主将の大迫は、アンパイアーを務めている。

 一番、城戸、右打ち。恭二は、第一球を投げた。
「ストライク」
 大迫の右手が、上がった。第二球は、スライダーのサインだった。恭二は放った。バットは空を切った。そして第三球は、内角への直球のサインである。
恭二はミットを目がけて、内角へボールを投げこんだ。打者の腰が引けた。
「ストライク」
 大迫の右手が上がった。
「瀬口、すごいボールだ。これでは、誰も打てない」
 大迫は笑いながら、マスクを外していった。展開は、そのとおりになった。九人のバッターで、内野ゴロが二つだけ。あとは全員三振だった。

 練習後、恭二は大迫に誘われて、喫茶店に行った。柴田も一緒だった。全員が、モーニングセットを注文した。
「瀬口、今日は圧巻だった。肩の具合は、どうだ?」
 大迫が聞いた。
「大丈夫です。怖いのでまだ八割ほどの力しか入れていませんが、もう少したったら、本格的に投げてみます」
「あれで八割か? 十分だよ」
 柴田は水のおかわりを頼んでから、驚いた視線を恭二に向けた。
「大エース誕生だな。来月は、シーラカンスとの試合がある。これまで、一回も勝ったことがない相手だ。瀬口、きみが先発だ」
「ありがとうございます。ところで、クレオパトラというチーム名の由来は、何ですか?」
 宮瀬彩乃の顔が、浮かんだ。彫りの深いエキゾチックな容貌から、中学時代の彼女はクレオパトラというあだ名だった。

「クレオパトラは、もう少し鼻が高かったら、っていわれているだろう。つまり鼻が低い。俺たちのチームは、めちゃ弱い。だから鼻が高くはない。そんなところからの命名だよ」
 柴田の説明に、大迫が続けた。
「今期は来月開幕だけど、前期は七チームで最下位だった。一年間で十二試合やるんだけど、前期は一勝十一敗。でも瀬口が入ってくれたので、夢が膨らんできた」
 頼りにされていることを実感した。久しぶりに味わう感触だった。同じことに夢中になれる仲間。そして大切なことは、そのなかで抜きんでることなんだ。恭二はぬるくなった水を飲み、熱くこみ上げてきた思いに水を差した。天狗になってはいけない。これは詩織から受け取った戒めである。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿