いないきみのビブラート | 友野雅志の『TomoPoetry』

友野雅志の『TomoPoetry』

日々書きためている詩をのせます。noteには下にのせています。https://note.com/mtomono

日暮里駅のホームに
男ははりついている
うすい記憶
うすい黒髪
すきとおる手のひら
肉体はするすると
ノスタルジックな咽喉に落ちる

影は捨てられる
蕎麦つゆといっしょに
総武線でいつも並んでいた
出汁色のスーツ
誰にも見られることはない
光のなかの
輪郭だけの時間

昼の移動の合間
きみはわたしの隣に座っている
呼吸はかすかにひびき
日めくりを引きさく
隣の女性がスーツケースをきみの膝にのせると
きみの存在が軋む
失礼
あかい唇が
空間を切りとる
何名かのきみの仲間が
足首や耳をホームに忘れてしまう

きみに目的地はあるのか
途中できみの仲間が降りた
終点近くで
きみはわたしに話しかける

あなたの影の中に入ってもいいですか
返事をする前に
きみはわたしの影になる

駅の階段で
デパートのエレベーターで
分娩室の入り口で
バスを追いこす棺で
鍵をさした扉の前で
わたしはよろめく
たくさんの影の
絡まった脚

絶望している少女
顔を失った少年
ユーラシアの地図となり
風に吹かれるきみ
一筆書きの
きみたちが
時に横断歩道に立ちあがる

電車の床から
わたしの過去から
宇宙のインク壺から
排水口から
焼却された灰がまいあがるように
過ぎさったコンサートの
耳鳴りのように
きみの声が
きみの香りが
あおい空から切りとられた
きみの輪郭が
立ちあがる
凍えたわたしの時間に

きみは夜空にぶらさがり
地球の振動に合わせて
揺れながら
真実で
すべての距離を共鳴させる

きみは最後に
すべてを吸いこんだ影になる
あたたかく
脈打ち
ビブラートで歴史を語りながら

スーツの中で
わたしの肉体は音楽になる
駅は
どこだろうか
江戸川を渡ったあと
電車は凍った時代にはいった
わたしはユーラシアを彷徨い
揺れる
時間になったわたしたちを探して

イトーヨーカドーのフードコーナーで
帽子だけのわたしは
生の
影のかたちを
ストローですこしすこし
吸いこんでいる

まもなくきみのアコーディオンが
道を
未来へ向かっていく

存在しない地球に
書き留められる言葉の
耳鳴りのように