眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

トップ下の猫

2020-08-14 11:23:00 | ナノノベル

 本職のトップ下には既に猫がついていた。俺は大いに不満だったが、話してみるといい奴だったし、足下の技術は確かなものを持っていた。猫はライバルでありリスペクトする対象でもあった。学ぶべきところは多いが越えられない相手ではない。また、越えなければ俺のキャリアに先がないこともわかっていた。

「どこを見てパスを出している?」
 同じ芝の上で一緒に練習を重ねる内に打ち解けて、技術的な話も少しずつだがするようになっていた。猫は自信家であって、何かを隠したりするような選手ではない。
「少しだけ先の未来に向けてかな」
「例えばどんな?」
「相手には描けなくて、こちら側からだけに見える未来かな」
「自分たちの望ましい未来を描いてパスを出すというわけだね」
「まあ、単純に言って、そういうことだな」
「では、描けない時はどこに向けて出す?」
「そんな時はあまりないね」
「絶対ないとは言えないよね?」
「少し遠回りに出すことにはなるだろうね。でも、それでも描いていないというわけではない。少し時間はかかるだろうけど」
「そう思った通りにいくかな?」
「ああ、思った通りにいくなんて思ってないね」
「まあそうだろうね」

 

 決定的な場面でシュートが外れる。監督は立ち上がって、頭を抱える。いったい何の真似だ。俺たちはその態度に、嫌悪感さえ覚えることはあっても、少しも共感なんてしない。


(何だ馬鹿野郎)


 みんな心の中では同じことを考えているはずだ。
 18番は膝を抱えて座っている。22番はお腹を抱えて笑っている。シュートが外れたのがおかしいのではなく、監督の無能ぶりがおかしいというわけだ。24番は石を抱えて、振りかぶる。標的は勿論、監督の頭だった。けれども、実際に投げるところまではしない。愚か者は、攻撃するにも値しないというわけだ。
 29番は鞄を抱えて、帰り支度を済ませている。けれども、すぐに帰ることは大人らしくないということを知っていた。鞄を置いて、チャックを開ける。次々とチョコやポテチを取り出した。
「まあ、好きに食えよ」
 なんて言うのでチームメイトの信頼は、相当に厚い。
 35番は誰にも言えない悩みを抱えていた。だから俺は何もきかない。


 
「君のいいところはみんな認めているよ」
 猫は気遣うように言った。
「監督はそうではないみたいだけどね」
「好みの問題もあるからね」
 そればかりは運も必要だと言った。
「好かれるようにしていないことはないけど」
「色々渡ってきたからわかるけど、例えば左利きの選手をやたら好むという監督もいるんだよ」
 猫は右利き、俺は左利きだった。
「どこに行っても使われる選手になりたい」
「どんな選手でも不遇の時代を経験するものだよ」
「チームが順調なら、俺も何も言うことはないけど」
「確かに今のチームは率直に言って迷走しているな。それはピッチにいる俺自身の問題でもあるんだが」
「俺はいつもベンチで見ているからわかるけど、問題はもっと他のところにあると思うね」
「他のところ?」
「そう。個々の選手の問題ではなく、もっと哲学的な問題じゃないかな」
「俺はいつでも自分がゴールを入れて、とにかく勝ちたいと思っている」
「けれども、いつも決まるわけじゃない。そして先制したとしても、守りきれるとは限らない」
「噛み合わない時は、すべてが噛み合わないようだ」
「今のチームには、方向性が欠けている」
「まとまっていないことだけは確かなようだな」

 

 ベンチを温めていると鳩が飛んできて封書をくれた。俺は監督の肩に鳩を置いて手紙を読んだ。監督は試合の行方に夢中で肩の上の存在には気づかない。
「いつも泣きながら見ています。私は君に最も相応しい場所を……」
 恩師からの手紙を読む内に俺自身も泣いていた。胸の内はすぐに決まった。悩める時間が十分にあったため、決断することも早かったのだ。すぐ返事を書いて鳩に託す。鳩は愚かな監督の肩から颯爽と飛び立った。
 俺は同封してあった新しいユニフォームに早くも袖を通した。鏡を見なくても、それが自分に似合うカラーだということが既に確信できていた。試合は相も変わらず無様なものだ。困り果てた監督がいつものように苦し紛れに最後のカードを切る。けれども、その時俺は既に雲の上にいた。

 俺がチームを去ってから間もなく、猫もチームを離れたらしい。
 新しいトップ下にはワニがつき、その他にも新戦力が加わったのだとか。チームはワニの活躍で大勝したかと思えば、次の試合では格下の相手にいいところなく破れたり。まあ、勝ったり負けたりらしい。
 俺は新しいチームで出場機会を増やし、新しい仲間との連携も日増しに高まりつつある。猫は新しいチームで途中出場し、早速ゴールを決めたという。

 


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