象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

アインシュタインの苦悩と憂鬱と、Episode3(20/4/14更新)〜度重なる疑惑〜

2019年12月08日 05時21分41秒 | 数学のお話

 前回”Episode2”では、一般相対性理論とリーマン幾何学の深い繫がりについて、少し偉そうに述べました(笑)。そして今回は、特殊相対性理論に関する真相と疑惑についてです。あくまでフィクションですから、気長に眺めて下さい。


Episode3

 友人のロマン•ロランはトイレに駆け込み、そして用を足す。戻ってくるとすぐに言い放った。
 ”1915年に重力場の方程式つまり、アインシュタイン方程式を発表し、翌年の1916年に一般相対性理論を完成させたんだよな”

 アインシュタインはベランダに出るや、大きく息をした。
 ”毎週木曜日に開催されていた、一般相対性理論についての講義の最終回で、一般相対性理論が完成した日だ。確か11月だったかな”

 ”これによって、君は物理学界のみならず、世界的に名前が知られる事になった訳だ”

 ”翌週には論文として出版され、更に1919年には、日食観測によりその正しさが検証される事になったんじゃ”

 ロマンは6杯目のコニャックを注ぐ。
 ”一般相対性理論の事はよ〜く理解できたよ。テンゾー(転象)君のアシストのお陰でね”

 私(転象)は内心嬉しかった。
 ”いやいや、余計な事をでしゃばってしまい、失礼しました”

 アルバートは自慢の髭を撫でながら微笑む。
 ”後は何か質問があるのかね?何か言い残した事でも?”

 ロランはアルバートを睨む。
 ”一般相対性理論の元になった特殊相対性理論の事だが。これも色々と疑惑があるよね”

 アルバートは少し怪訝な表情になった。
 ”全く君も疑い深いな。リーマンとの深い関係は先程説明したろ?”

 ”いやね、(特殊)相対性理論は、君の純粋な独創による産物なのだろうか?って事さ”

 ”全く君も疑い深いな。あの長い論文の中で参考文献が一つも挙げられていない事を疑ってんだろ?”

 ”ああ。だが以前から、アンリ•ポアンカレ(1854−1912)ジョゼフ•ラーモア(1857−1972)、それにヘンドリック•ローレンツ(1853−1928)らが論理的に展開していた相対性原理を元に、特殊相対性理論はニュートン力学(時間と空間は物体の存在や運動に何ら影響を受けない)とマクスウェルの方程式(この方程式を使い電磁波の速度を計算した所、光の速度と一致した為、光の正体は電磁波と考えられる様に)を基礎としてたんだ。そして当時のこの物理学の体系を、君が根本から再構成したんだよな”
 (因みに、アインシュタインは1879年生まれですから、彼ら3人よりも20歳以上若いですね)

 アルバートはテーブルを強く叩いた。
 ”ちょっと待てよ。当然そういった架空的な理論は昔からあったさ。でもな、特殊論と一般論を共にきちんとした形で記述したのは、俺が初めてなんだぜ”

 ロマンはコニャックをテーブルに置いた。
 ”ああそれは判ってる。でも参考文献が一つもないってのは、普通はあり得ない話だよ。
 かのニュートンだって、「もし仮に私が他の人よりも遠くを見渡す事ができたとすれば、それは私が巨人たちの肩の上に乗っていたからだ」って謙虚の言葉を遺してるさ。
 つまり、この“巨人たち”というのは、ニュートン以前のガリレイやブラーエやケプラーらを指してんだよな”

 ”ああ、勿論俺だって、先人たちの知恵を土台にしてるのは当然さ。ニュートンの知恵こそが我々の物理学的思考において指導的なものを与えたのは、紛れもない事実だからな”

 ロマンは静かにテーブルを叩く。
 ”ニュートンだけじゃないだろ?特殊相対性理論がジェームス•クラーク•マクスウェル(1831−1879)の電磁気学を受け継いだものである事は、紛れもない事実だろ?”

 アルバートはゆっくりと葉巻を蒸す。
 ”オイオイ、ロマンよ、少し落ち着け。俺に喧嘩を売ってるつもりか?
 俺は、ニュートンの絶対時間と絶対空間を否定した結果、特殊相対性理論を閃いたんだ”

 ”しかし、マッハ(1838〜1916)もポアンカレも、君よりもずっと前に絶対時間と絶対空間を否定してるぜ”

 ”マッハの思考や考え方は俺も参考にしたさ、でもポアンカレの指摘は全くの仮説に過ぎんな”

 ロマンは、コニャックを一気に飲み干した。
 ”でも、特殊相対性理論はポアンカレのその仮説を、一つ一つ検証していく様に構築されてるぜ”

 アルバートは自慢のヒゲを撫でる。
 ”でも、所詮は仮説さ。俺はその仮説(反証)が正しい事を独自に発見し、精確に記述したのさ”

 ”君の特殊相対性理論の根幹は、「光速不変の原理」だったよな。しかし、その光速不変を検証したのは、1887年のアルバート•マイケルソン(1852−1931)エドワード•モーレイ(1838−1923)の実験だったじゃないか”

 ”ああ確かにだ。1922年の日本における講演の中で、「マイケルソンの摩訶不思議な実験結果を知り、もしそれが事実であれば、(光を伝える媒質である)エーテルに対する地球の運動を考えるのは誤りであると直覚した。そして、これこそが特殊相対性原理の最初の路になった」と述べたよ。でも言っとくが、あくまでその実験が事実であればの仮定の話さ”

 私は、迂闊にも口を挟む。
 ”光学の学問分野でも光の回折を説明する為に、光を波だとみなす波動説が広まり、光を伝える媒質であるエーテルで宇宙が満たされてるという仮説が既に、クリスティアーン•ホイヘンス(1629−1695)により提案されていました。しかし、後に特殊相対性理論により否定されてますね”

 ロマンは、7杯目のコニャックを注ぐ。
 ”テンゾー君、キミの言ってる事も一理あるよ。でもマイケルソンとモーレイの実験の「光速差が見出せない」という不思議な結果に対し、「物体がエーテルの中で運動すると、エーテルの圧力により物体が運動方向に収縮する」と言い出したのはジョージ•フィッツジェラルド(1851−1901)だったよな”

 怖くなった私は、溜まらずその説明に追われた。二人とも爆発寸前だったのだ。
 ”前述のローレンツ(1853−1928)は、フィッツジェラルドと同じ解釈を優美な数式で記述し、更に、物体が収縮するだけでなく、「エーテルの風」によって時間も変化する、という新しい発想を導入しました。
 この数式が完成したのは1904年の事であり、それはアインシュタイン博士の特殊相対性理論(1905)の中に示されている数式と、ほぼ同じなんです”

 アインシュタインは、気不味そうに口ひげを撫で始める。
 ”おおう、2人とも好き勝手な事を言ってくれるな。でも、「光速不変」を原理として規定し、エーテルの存在をきっぱりと否定し、「時間の遅れ」や「長さの縮み」を理論的に明らかにし、「特殊相対性理論」という革命的な理論体系を構築したのは、今も昔もこの俺だけなんだぜ。
 故に、俺自身の栄光が曇る事は少しもない筈なんだがな”

 再び私は口を挟んだ。
 ”アインシュタイン博士の言う事は、ごもっともです。
 それに判り易く説明しますと、マイケルソンとモーレイの実験では、エーテルの仮説が正しいとすれば、地球上では公転方向に「エーテルの風」が感じられ、その影響により公転方向とそれ以外では光の速度が異なる筈です。
 しかしこの実験では、その様な速度差は生じず、「エーテルの風」の風速がほぼゼロである事が結論付けられたんです。
 これを受けて、ヘルツ、フィッツジェラルド、ローレンツ、ポアンカレなどの学者が幾つかの理論を提唱しましたが。何れも「エーテルの仮説」の域を出ないものでした。
 彼らはアインシュタイン博士の重要な先駆者であり、彼らの理論は数式上は相対性理論のそれと一致してます。しかし、彼らの理論はあくまで「エーテルの仮説」に基づいており、エーテル仮説の立場をとらないアインシュタイン博士の特殊相対性理論とは、その物理的解釈が根本的に異なるもので、エーテルの仮説は大きな矛盾も残ってますね”

 ロマンは、いきなり叫んだ。
 大きな矛盾とは?何なんだ?”

 少しビックリした私は、一呼吸おいた。
 運動する物体が実際に縮むという矛盾と、局所時間の物理的解釈ができないという矛盾の2つです。事実、ローレンツはこれを認める発言をしています”

 ロマンは、私の顔を興味深く見つめた。
 ”という事は、こうしたローレンツやポアンカレ等の成果とは、ほぼ独立にアルバートは、自身の論文において特殊相対性理論を確立したという事なんだね”

 私は3杯目のバーボンを飲み干して呟いた。
 特殊相対性理論では、「エーテルの存在」を仮定せず、その代わりに理論の基盤として以下の2つの原理を採用しました。
 1つは「光速度不変の原理」つまり、真空における光の速度はどの慣性座標系でも同一である事。もう1つは「相対性原理」つまり、全ての慣性座標系は等価である事です。
 光速度原理は、前述したマイケルソンとモーリーの実験の結果から帰結されます。実際、この実験の結果によれば、地球から見た光速度は季節によらず同一でした。地球の運動方向や速度は季節によって異なるので、この実験の結果は、光速度が系の運動方向や速度によらない事を意味し、どの慣性系から見ても光速度が不変である事を強く示唆していますね”

 ロマンは8杯目のコニャックを注ぐ。
 ”つまり、エーテルの存在を完全に度外視して、その上でアルバートは、独自に特殊相対性理論を編み出したというのか?”

 アルバートは満足そうに葉巻を蒸す。
 ”ま、そういう事じゃな。説明不足の私も悪いが、テンゾーには頭が上がらんの。いやぁ〜日本に来てよかったの”

 私はアインシュタイン博士に一礼をした。
 ”もう少し付け加えさせて下さい。一方、博士の相対性原理は、(力学の法則は全ての慣性座標系で同一であるという)ガリレイの相対性原理を緩和したもので、全ての慣性座標系が等価である事は仮定するが、慣性座標系の間の変換則が「ガリレイ変換」であるとは仮定しない。
 この原理は、光速度不変の原理から示唆されます。光速度不変の原理によれば、どの慣性座標系でも同一であるから、「絶対静止座標系」の様な特別な座標系は存在せず、全ての慣性座標系は等価であると思われます。
 つまり「エーテルの仮説」は、エーテルによる「絶対静止座標系」が存在するという仮定を採用し、全ての慣性系は等価であるというガリレイの相対性原理を捨て去ったものだったんです。
 それに対し、アインシュタイン博士の特殊相対性理論では、ガリレイの相対性原理を緩和した相対性原理を仮定し、代わりに「絶対静止座標」とその基盤である「エーテルの仮定」とを放棄したんですよ”

 アインシュタインは大きな声で笑った。
 ”あああ、21世紀では、ここまで俺は評価されてんのだな。そこで付け加えておくが、特殊相対性理論の構築においてはだな、テンゾー君が説明してくれた2つの「指導原理」だけでなく、空間の等質性や等方性をも、わしは暗に仮定していたんじゃよ”

 ロマンはようやく冷静さを取り戻した。
 ”全く、テンゾーがいなかったら、今頃は俺たち2人殴り合ってたな。でもアルバート、君も相変わらず頑固者だな、子供の頃と全く変わっちゃいない”

 アルバートは再び笑った。
 ”なーに、これでも丸くなった方さ”


 以上、特殊相対性理論の真相と疑惑のインサイドストーリーを述べた所で、今日は終りにします。超長々と失礼しました。



6 コメント

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ローレンツとポアンカレ (paulkuroneko)
2019-12-08 08:17:37
エーテルが存在するか存在しないかで、全く同じ相対性理論に帰結する辺りはとてもユニークです。
それに、前者がローレンツやポアンカレが提唱した、ガリレオの相対性原理を捨て去ったものであり、後者のアインシュタインの理論がガリレオの相対性原理を緩和したものであるというのも、これまたユニークです。

でも、相対性理論の込みいったややこしい理論をサイドストーリー風にするととてもわかり易いですね。ロマンロランの怒りと勘違いがここまで伝わってきそうで、思わず笑ってしまいました。 
paulさんへ (象が転んだ)
2019-12-08 09:11:38
ずっと前に書いてた記事ですが、読み返してみると意外に楽しかったです。一般相対性理論とリーマン幾何学の繋りで終えようと思ってましたが、特殊相対性理論にも深い闇があったんですね。

アインシュタインは相対性理論の2本の柱である”光速不変”と”相対性原理(等価の原理)”ですが、等価の原理は絶対座標系を否定しますから、エーテルは関係ない訳で、アインシュタインにとって最初から無視できた実験だったんです。ま、参考程度にはなったんですが。

それにアインシュタインはもっと先の事を考えてたんです。空間の等質性や等方性とはそういう事ですが。研究対象に直接関係ない事はバッサリと省く辺りは、リーマンと瓜二つですね。誤解が多かったのも頷けます。

朝早くからのコメントありがとうです。
結局 (tokotokoto)
2019-12-08 22:42:30
転んだサンはリーマンとアインシュタインを何とか結びつけたいんですよ。
もうみえみえ。
tokoさんへ (象が転んだ)
2019-12-09 05:09:33
バレちゃいましたかね。
実はそうなんですよ。もう他人には思えない。まるで同一人物です。
斬新なアイデアと洞察で、次々と難題を破壊していく様はある種の美学を彷彿させます。
これ読んで (unknown)
2019-12-09 07:03:23
ちゃんと理解できるヤツって
どれだけいんだろ
unknownさん (象が転んだ)
2019-12-09 10:01:29
理解しようと思うと頭が固くなるので、
雰囲気だけ掴めれば十分だと思います。
コメントどうもです。

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