鳥井を一人にすることは、どうしてもできないのだ。だって鳥井には、僕しかいないのだから。
坂木司『青空の卵』を読みました。
坂木司といえば『和菓子のアン』が有名で、北村薫や米澤穂信にも並ぶ”日常の謎”を題材としたミステリ作家としても知られています。
ただ僕は、自らミステリファンを自認しながらもまだ触れたことのない作家のお一人でした。
いずれ読もうと考えてはいたのですが、今回手に取るきっかけが何かというと、実は最近、WEB小説サイトに興味を持ち、徘徊しています。
そんな中でふと見つけたのが、『ノベルアッププラス』というサイトで行われている「ミステリー短編小説コンテスト」というイベントでした。
WEB小説というとどうしても「なろう小説」に代表されるいわゆる「異世界転生」「チート」「ハーレム」といった作品のイメージがあったのですが、なんと上記サイトでは短編ミステリ、しかも”日常の謎”をテーマとした作品を集めたコンテストを開催していたのです。
こりゃあ面白そうと思い覗いてみたところ……
なんじゃこりゃ???
と逆の意味で首を傾げたくなるような作品ばかり。
ポイント数等の指標が大きい作品であっても、です。
そもそも「日常の謎の定義が変わったのか?」と思えるような作品ばかりで、僕が知っているような”日常の謎”をしっかりと扱って、ミステリの体裁を保っているものは数えるほど。
まぁとにかく酷い有様で、あまりにも辟易した僕は、改めて「日常の謎とはなんぞや」という疑問を確認すべく、まだ未読の作家である坂木司作品に手を出したわけであります。
選んだのは処女作でもある『青空の卵』
さて、どんな話かと言いますと……
引きこもりの安楽椅子探偵
主人公は著者と同姓同名の坂木司。保険会社に勤めています。
その友人でちょっと変わった人間というのが、本書における安楽椅子探偵役である鳥井。彼は家庭の事情やいじめの経験などから引きこもり生活を送っており、人と会わないように職業もプログラマを選ぶという徹底ぶり。
滅多に外に出ようとしない鳥井ですが、中学からの同級生である坂木にだけは心を開いてくれます。
本作は彼らの周りで起こる日常の謎を取り扱った短編集。
『夏の終わりの三重奏』では近所で頻発する男性とターゲットとしたストーカー事件。
『秋の足音』では目の不自由な塚田青年を追い回す謎の双子の正体を探ります。
『冬の贈り物』では歌舞伎役者の元に次々送られてくる謎の置物の送り主と目的を解き明かします。
殺人事件のような血なまぐさい事件を扱わないという点においては”日常の謎”に間違いないのですが、ちょっと気になるのがその内容。
あけすけなく書いてしまえば、どれも性的な内容を内包しているのです。
もっと具体的に言うと、極端な異性嫌悪や同性愛者といった、性に関する悩みや事情を抱えた人々が関わってきます。
なので正直なところ、”日常の謎”と言いつつもいまいち僕の身の回りではピンと来ない”非日常”な世界観・思考によって物語が進んでいきます。
異常な関係
加えて、本書の異質な点は主人公・坂木と探偵役・鳥井の関係にあります。
一番上にも引用しましたが、彼らは極端な共依存関係に立っているのです。
「保険会社に勤めているのには一つ理由があって、それは鳥井真一という友人のためだ。(中略)だから、僕は彼と過ごす時間をつくるために、比較的休みが多くて、自由がきくこの会社に入ったのだ」
なお、坂木は高校や大学もまた、鳥井と一緒の学校を選ぶという徹底ぶりです。
一応補足しておきますが、彼らは同性愛者ではありません。
本書の中においては友人関係の延長線上として、上記のような依存関係にあるとしています。
物語上においてはそれらしい理由がこれでもかというぐらい繰り返されますが、何度説明されようとも決して納得できるものではありませんでした。
ですので本書は、性に関する悩みや問題を抱えた謎を、同性同士の不思議な共依存関係にある二人が解き明かしていくという、非常に異色の作品となっているのです。
ジャンルとしては確かに”日常の謎”に間違いはないのですが、内容的にはかなり偏りまくった”非日常な人々の物語”でした。
純粋なミステリと読む分には問題ないのかもしれませんが、物語として楽しめるかというと……僕個人としては、ちょっと上記のような点が気になっていまいち集中できませんでした。
これから読もうという方は、気を付けた方が良いかもしれません。